忍者ブログ
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 ――それでは、宜しく頼みましたよ。

 三成の兄、正澄に送り出された左近は、馬上でため息をついた。
 この所……日に日にため息の数が増えているのは、決して気のせいではない。

「正澄さんの口ぶりで、薄々察しはついてましたけどね?」
 ひとりごち、腕の中で力を失っている三成に目をやった。
 そして再び、ため息ひとつ。
「一体どこから持って来たんですか、この衣装」

 ――そう。
 佐和山の城主、石田三成は、今や質素な女物の着物を着せられ、髪を結われ、薄化粧まで施されていた。まさしく「奉公に出された器量よしの町娘」といった風貌であり、三成の顔をよく知る者でなければ、その変装に気付かないだろう。
 正澄によると、「三成の隠居ですっかり暇になった左近が、お気に入りの娘を連れて溜まった疲れを癒しに行く」という筋書きらしい。

 言われるまま、されるがままの左近が祈る事はただひとつ。
 

 ――どうか殿がこの事を覚えていませんように。


 自尊心の強い三成が、女の格好をさせられていたと知ったら。
 ましてや、そのなりを間近で見ていたのが、「同志」と認めた左近と知ったら。
 襲撃事件で受けた心の傷に、粗塩をすり込むようなものではないか。

 とは言うものの、秀吉が没してからしばらくの間、まともに体を休める暇すらなかった事も事実で。不安は尽きないが、こんな時でもなければ、休ませる事など出来まい。
 普段の三成であったら、休めと言ったところで聞き入れたりはしないのだから。
 変わらないのだ、昔から。
 自分の立場も考えず、体も決して丈夫ではないのに無理をする。
 そして決まって、体を壊すのだ。

 尤も、それでも余程でなければ休もうとはしなかったのだが。
 

 ――ま。
 と、左近は口の中で独りごちた。
 事件そのものは衝撃的だったものの、幸い、怪我らしい怪我も負わずに済んでいる。
 働きづめだった主君を休ませるには丁度いい機会、と、前向きに捉え、馬の脚を速めた。


     *     *     *


 どのくらい、馬を走らせて来ただろうか。
 まだ、さほど汗ばむ陽気ではないとはいえ、大人ふたりを乗せて走る馬の息は上がり始めている。陽が傾く前には泊まる所を見つけたい所だが、先を急いで移動の足が潰れてしまっては元も子もない。
 小さな川べりに馬を繋ぎ、しばし、休む事にした。

 冷たい水が、乾いた喉を潤していく。
 川面を抜けた涼しい風が、火照った頬を撫でて行った。


 そこは、平和そのものであった。
 争いもなにもない。
 ただ、ゆるやかに時が流れていくだけ。
 

 ――さて。
 しばし、川の音に耳を傾けていた左近は、膝を叩いた。
 いつまでも休んでいる訳にもいくまい。本当に日が暮れてしまう。

 水筒に水を汲み、三成を抱えて騎乗しようとした、その時だった。
「おい、そこの」
 見慣れぬ兵が、行く手を阻むようにして槍を構えていた。その数、5人。
 この近辺を所領とする者に仕える、見回りの類だろうか。
「そこで何をしている」
 ここで、事を大きくするのはまずい。
 左近は努めて穏やかな表情を作り、応じた。
「いえね、ちょっとした旅の途中で。馬を休ませていた所なんですよ」
「名は。どこの者だ」
 果たして正直に答えて良いものか……。
 左近が言い淀んでいると、兵たちの後ろから野太い声が聞こえてきた。
「どうした、何かあったのか」
 兵たちはその男に向き直り、一様に膝を折った。その態度から推測するに、結構な立場にある者だろう。
「はっ。見慣れぬ者がおりましたので、名と目的を問い詰めておりました」
「ほう」
 馬に騎乗した、その男が歩を進めてくる。
 その姿を見て、左近の頬に汗が流れた。


 筋肉質な長身。
 まばらな顎鬚。
 その豪快な外見は、喩えるならば熊のよう。


 それは、左近も良く知る男だった。
 三成を追い詰めた人物の一人――福島正則。

 よりにもよって、会いたくない側の人間に会ってしまうとは。

「……お前さんは、確か、三成の所の」
 どうやら、向こうも気づいたらしい。
「一家臣でしかない俺の顔を覚えて頂いているとは、光栄ですな」
 さて、困った。
 三成の顔をよく知っている正則を騙せるとは思えない。
 かといって、ここで事を構えたら、自分の正体が明らかになった以上、ここにいる全員を葬らねばならなくなるし、猛将で知られる正則がやられたとなったら、野党の仕業として通すのは難しいだろう。
「その娘は?」
 正則の位置からは、顔が良く見えていないのだろう。女装させられている三成を、すっかり娘だと思い込んでいるようだった。
「佐和山の城に、奉公に来ている娘さんですよ。例の一件で暇になっちまったもんでしてね、少し、暇をもらったんですよ」
 本人を前にして、『例の一件』の所で語気が荒くなってしまったのを感じた。しかし正則は反論するでもなく、ただ、「そうか」と呟くように言うだけだった。

 それきり、お互いに何を発するでもなく、ただ、時間だけが過ぎて行く。
 重苦しい沈黙の末、正則が何かを言いかけた。
 しかし結局、何も言わずに口を閉じた。

 何か?
 そう、問いかけようとした左近の腕の中で、三成の体がぴくりと震えた。
 左近の肝が冷えた。今、目を覚ますのはまずい。
 どうかこのまま、眠っていて
 しかし、その思いとは裏腹に、三成の瞳は開かれていく。
 ぼんやりと、焦点の合わない目でぐるりとあたりを見回し……。


 正則の顔を見つけた途端、その顔が強張った。


 かちかちと歯を鳴らし、左近の着物を掴む手に力が入る。
 その眼は、何かに怯えるように正則を凝視していた。
 みるみるうちに血の気を失い、体が冷えて行く。

「あ……っ」
 細く。
 悲鳴を上げて。

 ふつり、と。
 何かが切れた音が聞こえた気がした。

 左近の腕の中で暴れ、狂ったように泣き叫ぶ。

 その口をついた言葉は。
 己を殺めようとした相手への恐怖ではなく。
 怒りでもなく。


 償いの言葉、だった。


 やがて、がくりと意識を完全に失って。
 左近の腕の中で、再び、深い眠りに落ちた。

 左近はばつの悪そうな顔で、しかし、正則をまっすぐに見つめ、言った。
「……ま、こんな訳でして。ここはひとつ、見て見ぬふりをしてはもらえませんかね?」

 正則は息をひとつ吐き出し、兵たちに目で合図した。
 武器こそ下げているものの、ふたりは、ぐるりと取り囲まれている。
「残念だが、それは出来ん。我が城まで、ご足労願いたい」
PR
Mail
お気軽にどうぞ。
Powered by SHINOBI.JP

INDEX   CLAP!
WEB拍手 お礼ログ5種ランダム
お返事は呟きにて

=石田三成同盟= 西軍同盟
無双三成公同盟 秀吉子飼い同盟 
俺設定同盟 ネツゾウケイ 歴史同人注意報
治部少輔検索  戦国無双FanMap
戦国無双探索
HOME
忍者ブログ [PR]