忍者ブログ
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 もう、どれほどの時が過ぎただろうか……。

 蔵中に充満していた埃の臭いは、鼻が麻痺したのか慣れたのか、気にならなくなった。
 天井の隙間から差し込んでいた光はいつしか消え、目の前に広がるは闇。

 切なく、腹の虫が鳴く。
 二十を少し超えたと思わしき年格好の若者――石田三成は、ため息をついて蔵の扉に背を預けた。少しでも、外の音が聞こえてくるように。


「まさか、忘れられているなどという事はないだろうな」
 ぽつり、とひとりごちて。
 ひりひりと痛む顎をさする。
 あの人の事だ。
『ありゃ、すっかり忘れてたよ。ごめんごめん』
 なんて事も無いとは言えない。

 はぁ、と幾度目かのため息をつく。
 ……と、背後の扉越しに気配を感じた。

 背を預けている扉が軋み、重さが乗る。扉の向こうで、誰かが背を預けたようだ。


「佐吉」
 
 ……あぁ。
 三成は目を閉じ、扉越しに背を合わせている人物の声に耳を澄ませた。
「なんだ、紀之介か」

 くすり、と笑う声が聞こえた。
「なんだはないだろう? 寂しくないかと思って、せっかく来たというのに」
「別に、寂しくなど」
 僅かに語気が荒くなる。が、それ以上の事は言えなかった。
 静寂が走る。それに混じる、虫の声。

 先に沈黙を破ったのは、吉継の方だった。
「……また、お虎とやりあったんだって?」
「違う。虎じゃない。松だ」
「うん、知ってる。黙りこまないように、鎌をかけただけ。……珍しいね、市松と喧嘩なんて」
 市松こと福島正則と三成とは、特別仲が良いわけではない。が、正面きってぶつかりあう事は稀だった。
 三成は頬をふくらませ、再度、顎を撫でた。
「一体何があったんだい?」
「……この間」
「うん」




「弥九郎からもらった金平糖を、松に食われた」




「…………」
 ぽかん。
 吉継の開いた口が塞がらない。
 ………。
 ……。

「……佐吉」
「なんだ」
「いったい幾つになったんだ?」
「おねね様と同じ事を言わないでくれ」


 顔いっぱいに不機嫌を張りつけて、三成が言う。
「あれは疲れを取る良い薬になるから、大事に大事に取っておいたのだ。それを、松の奴め。治水対策に駆り出されて疲れたからと、目ざとく見つけて盗み食いしおった。だから殴りつけてやった」
 ふん、と鼻を鳴らす。
 とはいえ、一方的に殴って済むような相手ではないので、三成もまた、自身の顎に痛い一撃を食らったのだが。
「佐吉ってさ……」
 ため息混じりの、吉継の声。
「恐ろしく頭が切れるくせして、頭悪いよね」
「五月蝿い」


「もう子供じゃないんだから。もう少し、穏便に事を進めても良かったんじゃない? いきなり手を出すんじゃなくってさ」
「俺は悪くない。盗み食いする方が悪い」
「そうだね。……でも、正しい事を正しいと、押し通すだけでは不必要な敵を作る」
「それがどうしたと言うのだ? 敵が出来た所でどうとも思わん」
「……佐吉のそういう所、わたしは好きだけどね」
 困ったように笑って、吉継が続ける。
「頭の良い君の事だから、分かっているだろうけれど……今の世の流れは秀吉様に向いている。わたしたちの立場も重要になってくるだろうし、働き次第で地位も上がるだろうね。特に君は、計算や内政の能力が群を抜いて高いんだから、きっと出世頭になる。だからね」
「何が言いたい?」
「ただでさえ政敵を作りやすい立ち位置にいるのに、進んで敵を作るのは損にしかならないって事。今のうちに、自分を理解してくれる味方は増やしておいた方がいい。今はつまらない喧嘩程度で済んでいるけれど、このままだと……命を狙われかねないよ」
 視線を落とし、吉継は、小袖の上から自らの腕を抱いた。
「……わたしだって、いつまで傍にいられるか分からないのだから」
 その体は、微かに震えていた。

 ここ最近、妙に体調を崩しやすくなっていた。
 咳をすれば、喉や鼻に血が混じる事もあった。

 吉継は、薄々感づいていた。
 それが、死に至る病の前触れだという事に。


 しかしこの事は、まだ、吉継本人を除いては誰も知らない。



「馬鹿をいうな」
 怒気を含んだ三成の声に、吉継の体がびくりと跳ねた。
「そんな、へらへらと笑って他人の顔色を伺わなければ得られぬのなら。そんな味方なら、いらない。……だから」
 次第に尻すぼみになっていく、声。
 それは、震えていた。
「……だから、そんな寂しい事……言わないでくれ」

 不器用な親友の言葉を耳にして。
 吉継の顔に、笑顔が浮かんだ。
 どこか寂しげで、儚なげな笑顔だった。
「泣いてるの?」
「ばっ……泣いてなど、いない」
 慌てた様子の三成にくすくすと笑い、彼は、自分の両の手を見た。
 自分の生を確かめるかのように、何度も、手を握る。

「佐吉」
「なんだ?」

 ……ありがとう。

「なんでもない。……さて、佐吉も反省しているようだから出してやってくれと、おねね様に掛け合って来ようかな」
「何を言うか。俺が反省する必要などない」
「たまには、折れる事も必要だよ。いい加減、お腹も空いたでしょ」
 その言葉に同調するかのように、三成の腹の虫が鳴いた。
「ほら」
「む……」
「……それに、何も佐吉だけがお仕置きされている訳じゃないよ。市松だって、相応のお仕置きを受けている」
「ほう?」


「人の物を取るなんて悪い子だね、お仕置きだよ!……って、延々と説教された挙句、あの年でお尻百叩きだよ?」


 ぷっ。
 力が自慢のいかつい武者が、二回りも体の小さいであろうねねに抱え込まれ、尻を叩かれている……。
 その姿を思い浮かべるだけで、自然と笑いがこみ上げる。
「ハハッ……」
「ふふっ」

 秋の夜長――。
 夜の城内に、ふたりの笑い声が静かに響く。
 

 
 
 笑い声を聞きつけたねねが、三成を閉じ込めていた事を思い出して大慌てでやって来るのは、もう少し先の事。
 それまでの間、扉を挟んで背を合わせたふたりは、他愛もない話に花を咲かせるのであった。

PR
Mail
お気軽にどうぞ。
Powered by SHINOBI.JP

INDEX   CLAP!
WEB拍手 お礼ログ5種ランダム
お返事は呟きにて

=石田三成同盟= 西軍同盟
無双三成公同盟 秀吉子飼い同盟 
俺設定同盟 ネツゾウケイ 歴史同人注意報
治部少輔検索  戦国無双FanMap
戦国無双探索
HOME
忍者ブログ [PR]