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 慶長5年9月15日。
 石田三成らが率いる西軍は、相次ぐ裏切りにより瓦解し、徳川家康率いる東軍の前に敗れた。
 それは、あまりにあっけない幕切れであった。

「……そうですか」
 報せを受けた三成の兄、正澄は呟くように言った。
 三成は戦場から逃げ落ちたと聞いているが、無事なのだろうか……。
 安否が定かではない以上、城を落とさせる訳にはいかない。とはいえ、城に残された兵は2800ほど。果たして、勝利で勢いづいているであろう徳川の大軍を前に、一体どれたけの抵抗が出来るだろうか。
 城には、多くの女子供もいるというのに。
「藤」
 正澄は、側近であり幼馴染でもある藤高に告げた。
「貴方は城にいる子供たちを連れて、ここを出なさい。徳川軍が攻め寄せるのも、時間の問題です」
「い、嫌だ。わっ……私も、石田家の家臣。逃げるわけには、いかない」
 しかし、その眼に浮かぶのは、恐怖。
 肌も、唇も、みるみるうちに血が抜けていき、体は細かく震えていた。
 正澄は真っすぐに藤高を見つめた。そこには、いつもの穏やかさは微塵もなく……薄氷で拵えた鋭い刃物のように張りつめ、弟によくにたその顔は、ぞっとするほどに美しかった。
「戦う事の出来ない貴方がここにいても、邪魔なだけです。……さ、早く」
 震える肩に手を添えると、藤高の体がびくりと跳ねた。

 幼いころ、目の前で家族を惨殺された藤高に、これから起こるであろう惨劇を見せるのは、あまりに酷というもの――。

 その言外の思いを汲んでか、彼は年甲斐もなく、ぼろぼろと大粒の涙をこぼした。
「や、ぞ……。ごめ……っしょに……たた、え、くて」
「謝る必要などありません。貴方は、貴方に出来る方法で、戦いなさい。子供たちを逃がし、生き延びさせるのも、先に繋がる戦いのひとつです」
「わか……った」
「ほら、涙を拭きなさい。……全く。いい年をして、子供たちに笑われますよ」
 ふわり、と一瞬。
 いつものように穏やかに微笑んで。
「行きなさい」
 三度、脱出を促した時には、その穏やかな顔は無くなっていた。

 無言が、重い。
 聞こえるのは、藤高の身支度を整える音と。
 外からほんの微かに聞こえてくる、喧噪らしきもの。
「……弥三」
 無言のまま支度を終えた藤高は、立ち去り際、振り返らずに口を開いた。
「なんです?」
「全部が終わったら、また、いつもの茶屋で団子を食べよう。今度は私も、一緒に食べるから……甘いものは苦手だけど、一緒に」
「……そうですね。また、前のように」
 それきり、振り返ることもなく、別れも告げず、藤高は出て行った。


「行ったか」
 藤高が去るのを待っていたかのように奥の間から現れたのは、彼らの父、石田正継。
「……はい」
「泣いている暇はないぞ」
「存じています」
 涙が溢れそうになっていた目頭を押さえ、正澄は、まっすぐに父を見つめ、告げた。

「では父上、参りましょうか。……死地へ」



 佐和山城は奮闘した。
 小早川秀秋率いる大軍に対して、圧倒的に不利な状況であるにも関わらず、決して引けを取る事はなかった。

 しかしそれも、長くは続かなかった。

 籠城戦から3日――。
 備蓄も底が見え始め、極度の疲労と緊張で兵たちの気力ももはや限界だった。
(……もう、これまでか)
 正澄は、ふう、と息を吐いた。
 見上げた空は、どこまでも高く青く、憎らしいほどに澄んでいる。
「お団子、食べたかったんですけどね」
 明らかに場違いな、しかし彼にとっては大切な言葉を、ぽつりと呟いた。
 しかし、その言葉の意味を知る者は、誰もいなかった。



 正澄は武装を解き、父とともに交渉に出た。
 自分たちの首と引き換えに、城にいる者たちを見逃してほしい、と。
 
 徳川方は快諾した。


 ……しかし、それはすぐに裏切られた。

 城門が開かれるや否や、既に戦意を失っている兵を切り捨てるばかりでなく、あろうことか、逃げ惑う女たちにまで襲いかかったのだ。
「この下衆どもめが……」
 唸るように、吐き捨てるように、正継。
「徳川の狸が考えそうな事よ。何が太平か。己の欲の為に内乱を利用し、結果、犠牲を増やしただけではないか。……あのまま大人しく秀頼君を支えておれば、この者らも死なずに済んだものを!」
 しかし、もはや何を言っても後の祭り。
 いきり立った兵たちを止める術は、惨殺が終わる以外にない。
 目の前で繰り広げられる惨劇に、正澄は整った顔を大きく歪めた。
「佐吉君が敗れて良かった…とすら思ってしまいますね。このような外道の上を行くには、それ以上の外道にならねばなりませんから」
 吐き捨てるように、正澄は言い放ち、軍勢の中心に立つ秀秋を睨みつけた。
 その強すぎる双眸に、ひぃっと小さな悲鳴を上げて怯む秀秋。
「裏切り者の腰ぬけ金吾よ、この首はくれてやろう。良かったな、家康への手土産が出来たぞ?」
 その瞳は、暗く、しかし強く光り、秀秋を捉えて離さない。
 秀秋はただ、青くなってがくがくと震えるだけだった。

 口元に、冷たい笑みが浮かべ。
 正澄は、懐から取り出した短刀を己の腹に押し当てた。 
「さあ。石田の誇り…とくとその眼に焼きつけるがいい」
 ずぶり、と刃を腹に突き立て、一文字を描きながら。
 それでもその眼は、秀秋を真っすぐに捉えて離す事はなかった。

 ごぼごぼと、血を吐きながら、最後の言葉を紡いだ。

「……屑めが」


     *     *     *


 殺戮の終わった佐和山城で、生き残っている者は徳川方の兵ばかり。
 何かにつけて贅を極めた豊臣秀吉の近くに、幼いころから仕えていた三成の居城である。さぞかし、見たこともないような豪華な品が、山のような金銀が、蓄えられている事だろう――。
 色めき立った兵たちは、我先にと城の中を漁った。

 しかし、城の中は質素で、財宝どころか目を引くような調度品すらなかった。
 壁すらも、打ちっぱなしである。
 秀吉の片腕として傍にいた者が住むには、あまりに質素。
 いや、それすらも通り越してみすぼらしさすらある。

 思い返してみれば、普段身につけていたものも、華美なものは好んでいなかったように思う。もっとも、何かと交渉ごとをする事が多い立場上、質の良いものは選んでいたようだが。
 何にせよ、兵たちが探し求めるようなものは、何一つとしてこの城には無かった。
 
 
 やがて、兵たちが城中を荒らしまわってようやく見つけたものは。
 三成が愛用していた文机の奥に、大切にしまわれていたものは。

 それは、秀吉から送られた感謝状……ただ一つだけだった。


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 史実では、正澄さんは9月15日に亡くなっていたようですが。
 落城の経緯も、一部の兵が秀秋と内通して手引きしたのが決定打。
 秀秋……ここでもお前か。
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