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 ……いったい、あれからどれくらいの時が過ぎたのだろうか。

 暗い、洞窟の中。
 疲労は極限に達していた。
 強い眠気が波のように押し寄せてくる一方で、いざ眠りに落ちそうになるとびくりと体が跳ね、目が覚めてしまう。まるで、体が眠りを拒んでいるかのように。
 衰弱しきった体を襲うのは、酷い動悸に吐き気、寒気、頭痛。
 もう長いこと、まともに眠れていない気がする。

 ここがやけに暗いのは、洞窟に光が届かないせいだろうか。
 それとも……。
 

(いや)
 音にならない声で、石田三成は呟いた。
(こんなところで)
 指先で地面を掻くと、じゃり、と爪の間に土が入ってきた。
(朽ち果ててなるものか)

 俺にはまだ、やらねばならないことがある。


 だが。
 その強い意志の宿っていた瞳も。
 今では暗く曇り、霞んでいた。


 ――あの、関ヶ原の敗戦から、すでに5日。
 追手の影に怯えながら山の中を昼も夜もなく彷徨い、ようやく故郷まで辿り着いたものの、その間、まともに眠れず、食べる事も出来なかった彼の体は、とうに限界を超えていた。
 それでも死なずにいられるのは。
 豊臣家を滅ぼさせまいとする意地と。
 出来るのは自分だけだという矜持。
 ただ、それだけだった。


 
     *     *     *


「……?」
 藤高は、ふと、小さな洞窟の前で足を止めた。
「どうなすったんで?」
 一緒に見回りをしていた、百姓の男が声を掛けてくる。佐和山城から逃がした子供たちと共に、藤高が身を寄せている村の者だ。名を、与次郎太夫という。
「……なんだか」
 妙な気配がする……言いかけ、藤高は言い淀んだ。
 何かに呼ばれるような、誘われるような、と言ったところで、気味悪がられるだけだ。
 彼は何も言わず、洞窟に足を踏み入れた。

 中は薄暗く、酷い臭いがした。
 どんよりと圧し掛かるような、重い空気の、におい。
「……誰か、いるのか?」
 返事はない。
 聞こえてくるのは、反響する己の声と……。

 呻くような、言葉にならない低い声。

「ひぃっ」
 情けない声を上げた与次郎をよそに、藤高は更に奥へと突き進む。
 そして、見つけた。
 ほんの数日前まで、片腕として傍に仕えていた亡き友の、その弟を。
 だが、その姿は見る影もなくやせ衰え、眼窩は落ちくぼみ、まるで別人のようだった。
 ひび割れた唇が動き、うわごとのように何かを呟いているが、呻くばかりで言葉にはなっていない。
「……なに、やってるんだ」
 ふつふつと、怒りが湧いてくる。
「こんな所で……何を、やっているんだ……っ」
 ちかちかと、脳裏にちらつくのは。
 春の陽のように柔らかく微笑む友の顔。
 しかし、その友人の弟――三成の返事はなく。
 見知った者の声を聞いて安心したのか、緊張が途切れたのか。
 ふつりと、糸が切れるように意識を失った。

 感情のやり場を失くした藤高が土壁を殴ると、低い音をたてて洞窟が揺れ、細かい土がぱらぱらと落ちてきた。


     *     *     *


 お尋ね者の石田三成がいる――。
 藤高は、この事が徳川方に知れたら村人が皆殺しに遭うからと、見なかったことにするよう与次郎を説得した。だが、彼は頑として聞く耳を持たなかった。なんでも、かつて村が飢饉に見舞われた際、村に米を分け与えて救ってくれたのだと。
 だから、今度は自分が守るのだと。

 藤高と与次郎は洞窟に三成を匿い、甲斐甲斐しく介抱した。
 結果、あたりが暗くなり始めた頃には意識を取り戻し、翌日の昼には体を起こせるまでに回復したのだった。

「……そうか」
 佐和山落城の報を告げられ、三成は目を伏せ、息を吐いた。
 深く、深く。
 湯呑椀に湛えられた水が、手の中で震えている。
「俺は……何をしていたのだろうな」
 ぽつりと。
 珍しく弱音を吐くのは、心身が弱っているせいか。
 それとも……。
「全てを失った。何もかも……失くしてしまった」
 彼を形作っている意地が、矜持が、音を立てて崩れていく。
「……すまない、藤高」
 三成は笑顔を浮かべ、藤高を見つめた。
「しばらく、一人にしてくれないか」
 それはとても穏やかで。
 空っぽで。
 まるで、全てを拒絶しているかのようだった。

 ……あぁ。
 藤高は、心の中でうめいた。
 終わらせるつもりなのだ、ここで。

 全てを無責任に放り出して。


「……ふざ……けるな」
 気づいたら、声が出ていた。
「死んで仕舞いにするつもりか!」
 声を荒げたのは、何年振りだろうか。
 幼い子供のころ以来、かもしれない。

 三成の返事はない。
 それはつまり、肯定を意味していた。
「……っ」
 藤高の拳が、三成の頬を捉えた。
「ちょ、ちょっと、藤高殿?」
 うろたえる与次郎をよそに、殴られて崩れ落ちた三成に向けて、藤高が激昂する。
「弥三も、大殿も、他の皆も、一体、何のために死んでいったと思っているんだ!」
 ぼろぼろと、大粒の涙がこぼれる。
 握りしめた拳は、がくがくと震えていた。 

 誰かを殴るのは、初めてだった。

「あなたについて行くと、みんな、あなたを信じて、命をかけて戦ったのに……っ! 肝心のあなたが諦めたら、そんなのっ……ただの無駄死にじゃないか!」
「……」
「生きて、反撃の機会を伺って、最後まで諦めないで食らいつくのが、それが……っ! それが、あなたの責任じゃないのか!」

 しかし、三成は何も答えない。
 絞り出すように、藤高が言葉を紡いでいく。

「佐吉さん……。頼むから……何か答えてくれ……。私は、あなたにも、あなたを信じた弥三にも……幻滅したくないんだ……。だけど……もし、私の言っている事がわからないなら……どんな言葉も伝わらないなら……もう、好きにしろとしか……言えない」
 そう、言い残して。
 藤高は与次郎を伴って洞窟を出た。


 何を言っても通じないかもしれない――。
 もう、駄目かもしれない――。
 悪い考えばかりが頭の中をぐるぐると廻り、藤高はみっともなく泣きじゃくり、嗚咽していた。

 目の奥が重い。
 鼻の奥がひりひりする。

 与次郎が何も言わずにいてくれるのが、ありがたかった。


 どのくらい泣いただろう。
 背後で、かすかに物音がした。
「……殿様」
 目を丸くして、与次郎。
 這い出すように洞窟から出てきた三成は、すこしばつが悪そうに与次郎を見やり、藤高の傍らに座りこんだ。
「……同じ事を、左近にも言われたよ。最後まで食らいつくのが、俺の責任だと。……すまん、藤高。辛い思いをさせてしまったな。だが……」
 軽く目を伏せ、殴られた頬を押さえる。
「おかげで、目が覚めた」
 藤高は、黙って首を振った。
 三成は僅かに笑顔を浮かべた。先ほどのものとは違い、しっかりと中身のある笑顔だった。
「お前は変わった。昔は、波風を立てないように言葉を選び、声を荒げる事など無かったのに」
「……人は、変わる。だけど……あなたは変わらない。寄りかかるものがなくなると、途端に弱くなる」
「手厳しいな。だが、その通りだ。俺は、弱い」

 ゆっくりと、立ち上がる。
 あたりを撫でるように吹き抜けていく秋風は、ひんやりと心地よく。
 陽に照らされた紅葉は、きらきらと輝いていた。

「あぁ……」
 深く、三成は感嘆の声を漏らした。
「世の中というものは、こんなにも眩しかったのか」
 目を細め、色とりどりに染まった山を、晴れ渡った空を、眺め見る。

「思えば、秀吉様が亡くなられてからというもの、俺の目に映る世は常にどこか暗かったように思う。豊臣の世を、秀頼様を守れるのは俺しかいないと……そのように凝り固まってしまった心が、そう見せていたのかも知れぬ」
 ぽつり、ぽつりと。
 言葉を選ぶように、呟いていく。
「だから、松もお虎も去っていったのだ。だから……俺は、敗れたのだ」
 憑き物が取れたのか、三成の顔は、この秋の空のように晴れ晴れとしていた。
「佐吉、さん?」
「俺は、最後まで俺でなければならぬ。皆の為にも」
 三成は与次郎に目をやり、告げた。
「これから、酷な事を頼むが、聞いてくれるか?」
「殿様の頼みとありゃあ、俺に出来る事でしたら、喜んで」
「済まぬ。おそらく、麓の徳川の陣に田中吉政という男がいるはずだ。そいつを呼んできてくれないか」
「殿様!?」
「佐吉さん、何を!」
「……何、あいつとは旧知の仲だ。悪いようにはすまい」

 まるで、いたずら小僧のような顔つきだ。
 藤高は、心の中で思った。
 徳川方に捕えられたら、命はないだろうに。

 三成は、麓の、徳川方の陣が敷かれている方に向かい、言葉を発した。
「これが俺の、最後の戦いだ。俺は逃げぬ。何者にも屈さぬ。……石田治部少輔三成の生き様、その目に焼き付けるがいい」
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