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 お。

 小西行長は、廊下の先にその姿を認めた。大谷吉継である。
 仕えていた宇喜多直家が急逝し、そのまま半ば引き抜かれるような格好で羽柴秀吉に仕えるようになってから、かれこれ数ヶ月。やたらと血の気の多い秀吉子飼い衆の中では、異質と言えるほどの穏やかな気質の持ち主であり、面倒見も良い吉継とは、比較的年が近い事もあってかすぐに打ち解け、仲も良かった。
 行長は、その吉継の背に声を掛けようとして、固まった。

 ……げ。

(なんでアイツがおるん)

 吉継と挨拶を交わし、自分の方へと向かってくる人物。秀吉子飼い衆の1人であり、武家とは名ばかりの土豪の出ながらも秀吉に可愛がられているという事は、新参者の自分にも分かる。

 ――石田三成。
 行長は、どうにも彼が苦手だった。 


 三成の色素の薄い髪が光に透ける。
 冷ややかさを感じさせる白皙の美貌が自分を捕らえ、すれ違いざま、邪魔だ、と言わんばかりに鼻を鳴らした。 

「な……んやねんアイツ。いけすかんわぁ」
 思わず口をついた言葉に、吉継が気付き、振り向いた。
「弥九郎?」
 他の子飼い衆と同様に、年の近い自分も幼名で呼んでくれる。そんな些細な気遣いが、嬉しかった。
「どうしたんだい?」
「別にどうもせぇへん。ただなぁ、あの横柄な態度が気に入らんだけや」
 ぷいっと膨れる行長の態度に、吉継はくすりと笑った。
「相変わらず、敵ばかり作ってしまうね。佐吉は」
「なぁなぁなぁ。あんさん、なんであんなヤツとつきおうてんの。ごっつぅ仲ようしはってるやん」
 吉継は、行長の言葉に小首を傾げた。話を促すように。
「市松もよぅ言っとるわ。穏やかな紀之介があの横柄モンと一緒におるんが不思議でしゃあないて。俺もそう思う。一言えば十にも百にも返して来るヤツやさかい、我慢してるんと違う?」
 一気に喋りきった行長を見やり、吉継は柔らかな微笑みを浮かべ、ふるふると首を振った。
「我慢だなんて、思った事もないけれど。……そうか、他の人にはそう見えてしまうのか」

 ほんと、生きにくい人だよねぇ、佐吉って。
 口の中で呟き。 

「何て言えばいいのかな。……そうだね、賭け、なのかもしれない」
「賭け?」
「……佐吉は、凄い奴だよ。涼しい顔をして、難しい事も難なくやってのけてしまう。一つ言われた事を、二つも三つも先まで読んで、こなしてしまう。そして」
 吉継の瞳が、強く光った。
「あいつは、豊臣の……いや、日ノ本の先を見ている。わたし達の考えも及ばない、その先まで」
「それはちぃと買いかぶり過ぎやないの?」
「そうかな。横柄と言われようとも決して止まらないのは、明確な映像が見えているからだと、わたしは思うのだけれどね」
 まっすぐに行長を見詰め、彼は続けた。
「弥九郎。あの頭に描く物が何なのか、あの目に映す物が何なのか……その先に見えるものが何なのか、見てみたくはない?」
「べ、別に知りとぉない」

 しかし、その視線は自然と背後に流れる。既にそこには、誰もいないけれど。

「でも、ほら。佐吉に興味が湧いてきた」
 くすくすと笑い、彼は行長の胸をとん、と叩いた。首に掛けられたロザリオが、きらりと光を反射した。

「大丈夫。きっと君も……佐吉の事が好きになる」 

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mixiの某コミュに投稿した作品を若干手直し。
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