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 ――あの日から、殿はすっかり変わってしまった。

 石田家筆頭家老、島左近は深い深いため息をついた。
 もう、幾度目のため息になるだろうか。
 疼き出した眉間の皺を、親指の腹で解す。


 柔らかく差し込む陽は暖かく、野山は萌黄に覆われているというのに。


「殿、今日もいい天気ですぞ」

 分かっている。
 いくら呼びかけようとも。
 いくら語りかけようとも。
 主君、石田三成は佐和山城の自室に篭ったきりで。
 いくら待とうとも、返答はない事は……分かっている。

 しかしそれでも、語りかけずにはいられなかった。




 あの日。

 福島正則や加藤清正ら7武将の襲撃を受けてから、変わってしまった。
 命こそ助かったものの、事件の責任を負わされ失脚して。

 少しは体を休めろという事なのかも知れぬな、と。
 気丈な三成にしては、珍しく弱音を吐いたのを最後に。




 ――壊れてしまった。





 死んだようにこんこんと眠り続ける日が続いた。
 はじめは、言葉の通り体を休めているのだと思っていた。
 だが、そうではなかった。

 食事すらまともに摂らず、何かを口にしても、すぐに戻してしまう。
 たまに起きたと思えば、ぼんやりと宙を見つめ、ぶつぶつと何かを呟くばかりで。
 やがて何かに怯えるように身を震わせ、狂ったように泣き叫び……。

 再び、長い眠りに落ちるのだ。


 あまりに痛ましい主君に対して左近が出来る事と言えば、ただ、毎日語りかける事だけ。
 たとえ返事がないと分かっていても。
 そうでもしなければ、己の気がふれてしまいそうだった。


「殿、庭の燕子花(かきつばた)もそろそろ見頃。もう間もなく梅雨の季節となりましょう。洪水に備えて、河川域の見回りをしませんとな」
 静かに寝息を立て、眠り続ける三成にそっと語りかけている、と。
「もう、そんな季節ですか」
 小さな呟きが、左近の耳に届いた。
「ええ、早いもんです」
 背後に向きなおり、声の主に頭を下げる。
 三成に良く似た彼の実兄、石田正澄であった。
「佐吉君は相変わらず……ですか」
 弟の傍らに座り、その顔を覗き込む。
「済みませんね、正澄さん。殿の仕事、ほとんど全部任せてしまって」
「いえ。以前から、父上と共に佐吉君の代官を務めていましたし、勝手も分かっていますから」
 正澄もまた、弟に負けず劣らずの優れた行政手腕の持ち主である。だからこそ、今はまだ城下の民には三成の不調を知られずに済んでいるが……。
「あまり、休んでおりませんな。顔色が宜しくない」
 このままでは、民に知られるのも時間の問題だろう。
「それは、左近殿も同じ事でしょう?」
 正澄は穏やかに微笑み、三成の色素の薄い髪を撫でた。
 ふっと視線を落とし、ぽつりと呟く。
「……佐吉君を襲った将のうちの半数が、かつては同じ釜の飯を分けた子飼いの仲間と聞きました。左近殿ならばお気づきでしょうが、この子は、一度懐に入れた相手に突き放される事を恐れています。そして、突き放す事も」
「ええ、そりゃあもう充分に」
 時折、そんな様子を見ては胸が締め付けられそうになる。
 何故、この人はこんなにも他人の為に尽力するのだろうかと。
 この戦乱の世において、そんな事が出来るのかと。
「幼い頃の話とはいえ、当時は仲も良かったと聞いています。そのような相手に刃をつきつけられ、命を狙われる程に憎まれていると知ってしまった。それでも、憎むことも恨むことも出来ず、かといって信念を曲げる事も出来ず……行き場が無くなって、だから、心を壊したのでしょうね」

 石田三成という人物に対して、完璧だ、と人は言う。
 およそ欠点などない、冷徹な完璧主義者だと。
 融通の利かない、気難しい男だと。
 しかしそれは、官僚としての一面でしかなく。
 己の脆さを隠す為の仮面のようなもの。

 本当はこんなにも脆く、不器用なのだ。
 かつての仲間であろうが、今は敵なのだと割り切ってしまえば良いのに。
 家名を残し、生きる為に主家を裏切る事も、家族を手に欠ける事すらも、珍しくないというのに。
 至極簡単に思えるそれが、この石田三成という男には出来ないのだ。



 この人は、本当に……。

「本当に、どうしようもない」
「見限りますか?」
「まさか。危なっかしくて放っておけやしませんよ」
 どうしようもないと思いながらも放っておけない。
 何としてでも、守りたいと思ってしまう。
 どうしようもないくらい、生き様に惚れこんでしまったのだ。
 そんな自分が、一番どうしようもないと、左近は思った。

「……左近殿」
 ぽつりと、正澄が口を開いた。
「佐吉君を、すこし、外に連れ出して頂けませんか?」
「外に……ですか?」
「ここにいては己の地位や立場を意識してしまい、否が応でもあの事を思い出してしまうでしょう。どこか離れた所で立場を忘れて心を休め……出来る事ならば、事件そのものを記憶の底に沈めさせてあげたい」
「おっしゃりたい事はよぉく分かりますがね、正澄さん。いくら不当とはいえ、殿は隠居の身。下手に外に出たりしたら、難癖つけられて何をされるか分かったもんじゃないですよ」
「でしょうね。なにせ、相手はあの古狸。……ならば、佐吉君に変装を施し、城には影を用意しすれば済む話。そしてその影も、丁度ここに」
 にこり、と微笑み。
 しかしその瞳は、反論はさせない、と告げている。
「可愛い弟の為なら、影にでも何にでもなりますよ」
「……分かりました」
 心の中でため息をつき、左近は頷く。
 この兄にして弟あり。
 穏やかで物静かだが、こうと決めた事には頑固なのだ。
「しかし、変装と言っても、殿の風貌じゃ何をやっても目立ちすぎると思いますがね」
「そんなもの。目立たせぬよう、風貌を利用すれば済む話……ですよ」
「……と、仰いますと?」
 しかし、正澄はそれには答えず、ただ、笑みを浮かべるばかり。

 何やら嫌な予感がする。
 しかし、一度了承してしまった以上、今更断る事など出来るはずがなかった。

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