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 それは、羽柴秀吉の野望である天下統一が目前に迫った頃の事――。



 大谷吉継の様子がおかしい。
 その事に気付いたのは、一体いつだったのだろうか。

 この吉継という男は、以前から、己を隠すのが上手い人物であった。
 それ故に、何かと衝突しがちな豊臣子飼い達の緩衝材となり得た。
 そしてそれ故に、仲間たる子飼い達がその異変に気づいた時には……。


 既に、何をするにも遅かった。




 後から思い返してみれば、ほんの些細なものだが、違和感を感じる事は度々あった。
 どこか上の空で話を聞き逃していたり。
 何かを思いつめている様子であったり。
 思えば、口数も少なかったような気もする。

 そのちいさな違和感を、異変と確信したのは、数日前。
 吉継が、部屋に籠ったきり出て来なくなってからだった。



「一体、紀ノ兄はどうしちまったんだ?」
 三国無双の城と称される、絢爛豪華なる大阪城の一室。
 手の付けられていない膳を見遣りながら、首を捻るのは福島正則。
 『紀ノ兄』こと大谷吉継――幼名紀之介――が自身の部屋に籠り、食事時にすら姿を見せなくなってから数日が過ぎた。日ごろから大雑把な正則ですら不審に思うのだから、神経質な加藤清正や、人の感情に敏感な小西行長などは不安で堪らないといった面持ちである。
「なあ、さっちん。きのに何かあったんか聞いてへん?」
 行長は、吉継とは旧知であり、彼の親友でもある石田三成に問いかけた。黙々と箸を進めていたが、手を止め、行長を見やる。
「さっちんって呼ぶな」
「ええやん、佐吉はんなんやし。それよか、妙に落ち着いてはるけど、何か聞いてるんと違う?」
「知らん。様子がおかしいのは前々から感づいているが、紀之介はああ見えて頑固者だし、強がりだし、無理に聞き出そうとしても上手くはぐらかされるのは目に見えている」
「佐吉に頑固って言われちゃおしまいだよなぁ」
 ぼそり、と呟いた正則をジロリと睨みつける三成。
「佐吉は、紀ノ兄の事が心配ではないのか?」
「心配していないはずがないだろう」
 清正の問いかけに、ため息をつきつつ。
 ふっと、視線を落として箸を置いた。
「あいつは、何かあっても自分だけで片をつけてしまう。誰かが気付く前に、何も無かったかのように。昔からそうだ。だからこそ、知るのが怖い。……松にすら不審がられるのは、異常だ」
「どういう意味だ」
「そのままの意味だ」
「まあまあまあ」
 視線をぶつけ合う三成と正則の間に入る行長。
「皆してきのの事を心配しはってるのは、よぉく分かった。そんなら、ご飯おわたら皆で見に行きましょや。さっちんの気持ちも分からんでもないけど、会うて話した方がスッキリするんと違うかなぁ」
「む……」
 確かに、その通りではある。
 普段は誰にも気付かれないうちに「処理」してきた吉継が、今回に関してはこの有様だ。何か、大変な事が起きているという事は想像に難くない。

 一体、何を抱え込んでいるのか。
 自分に何が出来るのか。
 
 このまま待ち続けるよりも、直接会って無理やりにでも聞き出した方が早いのかもしれない。
「……確かに、行長の言う事も一理ある」
 こうやって、誰かに様子を見に行くきっかけを与えてほしかったのかも知れぬな、と思いつつ三成が頷き、果たして、食事を済ませた子飼い衆は吉継の部屋へと向かう事になったのであった。



 人払いでもしてあるのか、吉継の部屋の周りは静かなものだった。
 城のあちこちで見かける、下働きの姿すら見えない。
 空気はぴぃんと張りつめ、物音ひとつ立てる事すら憚られる。

 ごくりと唾を飲み、一行を代表して三成が声をかけようとする……と。
「誰」
 硬く、すべてを拒絶するかのような声が届いた。
 それは、誰とでも隔たりなく接し、面倒見も当たりも良いはずの、大谷吉継の声に相違ない。

 しかし、その声質は、明らかに別物。

「……俺だ」
 あまりの事に、三成はそう絞り出すのが精一杯だった。
 これ以上は、踏み込ませない。
 吉継の声に、そんな強い意思を感じた。
「……佐吉?」
「他にも……行長に、虎と、松。この所、姿を見ないから様子を」
「大丈夫」
 言葉を遮り、吉継。
「ほんの少し、風邪をこじらせただけだから」
 風邪、と聞いて行長や正則、清正が胸を撫でおろす。
「なんだ、風邪か」
「もう、大丈夫なのか?」
「あんま、無理せんといてな?」
 ぽん、と行長は三成の肩を叩いた。
「ほらな? さっさと話きいて良かったやろ」

 しかし、三成は形の良い眉を寄せ、かぶりを振った。
「さっちん?」
 おかしい。
 これで話はおしまい、と。
 まるで、それ以上の追及を許さない強引さ……。

「紀之介!」
 やはり何かおかしい。
 三成は行長の手を払い、襖を開けた。


 びくり。
 部屋の中にうずくまる「それ」が、肩を震わせた。

「……きの、すけ……?」
 涼しげな目もとは、まさしく大谷吉継その人である。
 しかし。

「……佐吉……どうして」
 放っておいてくれなかったんだ。
 瞳が、そう告げていた。


 吉継の皮膚は爛れ、あちこちに不自然な瘤ができていた。


「きの、それって……もしかして」
 行長は沈痛な面持ちで目を閉じ、俯いた。
「……ハンセンか」
 薬屋という実家の職業柄、何度か見聞きした事はある。
 発症の原因は不明。
 そして、治す術も。

 できる事は、ただ。
「デウスよ……」
 信じる神に祈るだけ。

「そんな異教の神に訴えて何が良くなるというのだ」
 フン、と鼻を鳴らし、清正は清正で仏に題目を唱え始める。
「南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経」
「天に召します我らが神よ」
 それに対抗して行長も文句を唱え始め、その合間合間で、互いを罵りつつの睨み合いが始まった。
「……またか」
 ため息をつき、正則が間に割って入ろうとする、と。
 何も言わず、部屋を飛び出す三成の背中が目の端に入った。
「おい、佐吉!」
 呼び止めるが、戻る気配はない。
「くそっ! 紀ノ兄が大変な時に、あの野郎……」
 しかし正則には、見えない背中を睨む事しか出来なかった。


 だん!
 木の幹が激しく揺れ、葉が落ちた。
「くそ……!」
 何度も、何度も。
 庭に飛び出した三成は、力任せに木を殴りつけた。
 刀よりも筆を取る事が多いせいか、元の体つきのせいか。手の皮膚は裂け、血まみれになっている。
 しかしそれでも、彼は殴る事をやめなかった。
「もうそのへんでやめとき」
 後ろから伸びた手が、その華奢な手首を掴む。
「離せ、行長」
「嫌や」
「紀之介の痛みも苦しみも、こんな物じゃない」
「だからって、さっちんが痛い思いして治るわけやないやろ」
「あれは、祟りによる病だという話を聞いた。ならば何故、あいつが病に侵されなければならない? その噂が本当なら、平壊者と言われる自分こそがかかるべきだろう!」
「もう、ええから。やめいって」
 優しく、諭すように言い聞かせ、行長は三成の手を掴んだまま自分の方に向き直らせた。
「ちょっと沁みるけど、堪忍な」
 懐から薬入れを出し、三成の傷にすり込んでいく。
「……さっちんがそんな風にしてる方が、きっと、きのも辛いわ。自分が病に侵されたせいで、さっちんを苦しめてる、てな。せやから、こんな一人じゃどうにもならん事を誰にも言われへんかったってのもあるんやないかな」
「…………」
 三成は何も言わず、ただ、大人しく手当を受けるだけだった。
「ま、それもこれも、お互いにお互いの事、大事に思とるからなんやろうけど。……な、きの?」
 行長の言葉に三成が顔を上げると、その肩越しに、吉継が立っていた。頭から大きな布をすっぽりと被り、顔を半ば以上隠しているが、間違いなく親友の姿であった。

「紀之介」
 声をかけ、吉継の傍に駆け寄る三成。人目に触れるのを恐れているのか、吉継は、震えていた。
「……すまない」
 決してその姿を怖れたのではない、と言わんばかりに。
 病に侵された体を、そっと抱きしめた。

「佐吉。うつるよ」
「構うものか」
 数日ですっかり細くなったその体を抱く腕に、力を込める。
「これが紀之介の業だというのなら、うつった所でどうと言う事はない。共に背負う。ただ、それだけの事だ」
 吉継は目を見開き、少し困ったように、笑みを浮かべた。


 そして、呟く。
 誰にも届かぬ小さな声で。


 ……ならばわたしも、この命ある限り、佐吉の業を共に背負わせてもらうよ。

 と。

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