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 慶長5年、7月。
 大谷吉継は、親友である石田三成の居城、佐和山城に向かっていた。
 五大老筆頭の徳川家康が、会津の上杉を討伐すべく出陣し、吉継もまた、それに従軍する意思を示している。彼はそれに、三成を引き込もうと目論んでいるのだった。

 ――いや。

 吉継は、籠の中でひとりごちた。
 病で光のほとんどを失った瞳を閉じ、深く息をつく。

 あの強情な男が、家康などに従うはずがあるまい。その上、上杉家家老の直江兼続とは妙に馬が合うようで、同い年ということもあってか若い頃から文を交わしあうほどの仲だと聞く。
 こちら側につく要素は、何一つ無い。

「でも、祈らずにはいられないんだ」
 前田利家の死と石田三成の失脚で、武断派と文治派の均衡は完全に崩れていた。それだけでなく、家康は許可なく大名家同士の婚姻を行ってはならないという秀吉の取り決めを反故にし、次々と徳川家と他家とを結びつけていた。もはや、家康の地位は揺るぎようがないものになっている。
 その証拠が、この討伐戦だ。
 次の標的は宇喜多とも毛利とも噂される今、三成もいつ難癖をつけられ、命を落としても不思議ではない。
「わたしは、君を死なせたくはないんだよ。佐吉」

 だからどうか、死に急ぐような真似だけはしないでくれ。
 ――恨んでくれても、構わないから。


     *     *     *


「これはどうも、よくいらっしゃいましたな」
 佐和山城に着いた吉継を出迎えたのは、石田家家老の島左近だった。この男は、相手の身分が高かろうが、それが自家であろうが他家であろうが、関係なくぞんざいな口をきく。
「どうぞ、お上がりください。すぐに殿を呼んできますんで」
 吉継は促されるまま、上がり込んだ。
 目がほとんど見えないせいだろうか。些細な事を、肌で敏感に感じ取ってしまう。
「左近殿」
 前を歩いているであろう左近に、声をかける。
「何かございましたかな?」
「……いや、なんでもない」
 なんだか、城全体が張りつめている気がするのだけれど……と、言いかけた言葉を飲み込んだ。
 左近は三成をすぐに呼んでくる、と言っていた。つまり、少なくとも、動ける状態にはあるという事。それならば直接聞けば良い。
 口のうまい左近殿より、口下手な佐吉の方が聞き出しやすいだろう……そう踏んで。



 奥の間に通された吉継がくつろいでいると、ほどなくして城主である三成が現れた。
「紀之介!」
 懐かしい、幼い頃の名で呼び、三成は吉継の手を取った。包帯に包まれているとはいえ、病で爛れたその手を、何もためらうことなく。
 吉継もまた、友の手を握り返し……。

 肝が冷えた。

「さき……ち?」
 なんだこれは。
 これではまるで……。

「どうした、紀之介」
「それはわたしが言いたい。なんだこの手は。まるで……骨と皮ではないか」
「それは……。少々、忙しくてな」
「本当に? 若いころから激務をこなしていた君が、ここまでやせ衰えるなんて、ただ事ではないと思うのだけれど。それに、城内も妙に張りつめているように感じる。……答えてくれ佐吉。何があった?」
 三成はしばし沈黙し、やがて、ゆっくりと口を開いた。
「……先日、宇喜多が反徳川を掲げ、兵を挙げた。反徳川で纏まらねば、とうてい敵う相手ではない。無論、俺も応じた」
「……なんてことだ」
 吉継は、眼の前が暗くなるのを感じた。
 この衰弱ぶりから推測するに、相当無理をしているのだろう。あちこちに使いを出し、文を送り、自身も足を運び、必要とあらば頭を下げているのだろう。この、自負心の塊のような男が。
「佐吉。悪い事は言わない。今からでも遅くはない、考え直せ」
「何を考え直せと言うのだ?  家康の会津討伐に加担しろとでも言うのか」
「……ああ。わたしは、その為に来たんだよ。君を引き込むためにね」
「ふざけたことを言うな。豊臣家と上杉家の縁は、俺と兼続が結びつけたようなものだ。かつて、織田家と宇喜多家を秀吉様と行長がそうしたように。それを、あの狸の元に下って上杉に刃を向けろと言うのか。裏切れと言うのか!」
「だけどこのままでは……」
 君を死なせてしまうかもしれない。
 そう言いかけて、吉継は口をつぐんだ。
「……何も、焦る必要はない。家康だって、もう若くはないんだ。一度、懐に潜り込んで利用し、機会を待つのも手じゃないか」
「もう遅い」
「え?」
「もう、策は動いているのだよ。上杉の反抗も、その一つだ。狸が会津に向けて出立した所を挟む手はずになっている。西側から家康に合流しようとする動きも、兄上が先回りして抑え込んだ。毛利や真田とも話をつけた。あとは……叩くのみ」
「佐吉……」
 吉継は顔を伏せ、手を強く握り返した。
 ぽつりと、言葉を紡ぐ。
「……なんで今更、わたしにそれを教えた?」
 それままるで、責めるかのようだった。
「本当は、知らせぬまま終わらせるつもりだった」
「なぜだ! わたしの身を案じたなどと言うつもりなのか?」
 三成は、答えない。
 それは、肯定を意味していた。
「わたしも、君を死なせたくはないんだよ、佐吉」
 優しく、諭すように。
「だから、お願いだ。ここは一度、兵を引いてくれないか」
「いやだ」
 まるで子供のように首を振る三成の声は、震えていた。
「……怖いんだ」
「怖い?」
「隠居させられてから、ずっと足元が落ち着かないんだ」
 やせ衰えた体をがたがたと震わせながら紡がれれる言葉を、吉継は、黙って聞いていた。
 時折、そっと肩を撫でながら。
「秀吉様を失って、利家殿を亡くし、松や虎に刃を向けられ……中央からも遠ざけられた。こんな俺に、一体何の価値がある? 俺が俺である為には、秀頼様をお守りし、豊臣の天下を守らねばならないんだ」
 たまっていたものを一気に吐き出すかのように、三成は言った。
「……秀吉様の築いた天下の中に、俺がいたんだ……」
「しっかりするんだ、佐吉。秀吉様はもういない。幻に己の居場所を見出すな」
「だけど……それが無くなったら、俺は俺でなくなってしまう」
 すがりつくような友の目に、言葉に、吉継は言葉を失った。

 そして後悔した。
 こんな状態になるまで、異変に気がつかなかった事に。 
 自負心の塊のような友人が失脚させられて、平常でいられるはずがないという事に気づくべきであった、と。

「……わかったよ、佐吉」
 深く深く、息をつき。
 吉継は口を開いた。
「わたしも、君の策に乗ろう」
 死なせたくないという思いで縛って、こんな様で生きさせて。
 ……そんな生が何になろう。
「だから、佐吉。昔のような、燃えるように強い目を見せてくれないか?」

 三成と共に果てるつもりはなかった。
 たとえわが身が倒れようとも、死なせてなるものか。

 
 ――それは、祈りにも似た。
 自分勝手な、強い願い。

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