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 豊臣家五大老のひとり、宇喜多秀家に長く仕える明石全登は、思いもかけない突然の来客にぽかんと口を開けた。普段の彼を知る者がこの顔を見たら、何事かと思うだろう。なにせ、常に沈着冷静で表情の変化に乏しく、その鉄面皮が崩れる事などほとんど無かったのだから。
「済みませんね、こんな時間に」
 軽い口調で言った、この男は確か。
 丁寧に後ろに撫でつけられている前髪を崩さぬよう、指先で頭を掻きながら、全登は記憶を遡った。
「……確か、石田治部殿の」
 島左近、といったか。
 自分と同じように、年若い主君に仕える苦労人の筆頭家老。尤も、この左近の主君である石田三成は、全登よりも年上ではあるのだが。
「ちょいと訳ありでしてね。しばらくの間、匿ってもらえませんかね?」
 手にした火皿を近づけてみると、そこかしこに浅い刀傷が見える。
「……賊、ですか」
「ま、似たようなもんです。尤も、賊なんかよりずっと性質が悪いですがね」
 首を振りつつ、左近。
「よい、左近」
 左近の後ろから、声が聞こえてきた。彼の体に隠れて目に入らなかったが……。
「俺から話す」
 姿を見せたのは、石田治部少輔三成、まさしくその人だった。


「つまり」
 宇喜多屋敷の奥の間に通された三成らは、当主である秀家と対面していた。
 秀家は宇喜多家の跡継ぎでありながら、同時に秀吉の養子でもあり、その縁で三成ら豊臣恩顧の武将たちとは昔から面識がある。特に先代の直家に仕えていた小西行長とは縁が深く、彼と仲の良い三成とも自然と親しくなっていった。
「前田屋敷から出た所を襲撃された、と」
 政権を掌握せんとする家康に対抗する為、三成と前田利家が協力関係にあったことは知っている。しかし、その利家も数日前に世を去り、その葬儀が執り行われていたはずだった。
「そうだ」
 立場が目上であるにも関わらず、三成はぞんざいな口を利く。だが、秀家はそこが気に入っていた。幼い頃から周りを見れば、大大名の嫡子としてしか自分を見ず、底を見せずにへつらう者ばかり。彼にとって、三成のような男は貴重だった。
「治部殿」
 ぱちん、と扇子を閉じ、三成に突き付ける。
「その者らに、思い当たる節があるのではないかの?」
「何故、そう思われる」
「まず、左近殿の傷の負い方。数こそ多いものの、ひとつひとつは浅い。腕の立つ賊の仕業であるならば、あの程度で済むはずもなく、治部殿も怪我を負っておるはずじゃ。逆に、弱ければ返り討ちにしておるはず。つまり、故あって討ち取る事の出来ぬ相手から、治部殿を守りながら撤退した結果……と見ておるのじゃが」
 ふう、と息を吐き出し、ぽつりと、三成が口を開いた。
「……見間違いであって欲しいのだがな」
「治部殿は敵を作りすぎじゃ」
 かぶりを振り、溜息をつく秀家。
「じゃが、味方もおる」
 ころり、と表情を変え、悪戯っぽく口元を綻ばせたその顔は、年相応の若者のそれに見えた。
 懐から書状を取り出し、三成の手元へと投げ渡す。 
「実はの、お主らが儂の元を訪ねてくるであろう事は知っておった」
「……若。初耳です」
「話しておらぬのに、知っているはずなかろ」
 全登の苦言に、しれっと答える秀家。
「どこで誰が耳をそばだてているか分からぬ。その者の立場もある故、名は声に出せぬが、治部殿が何者かに襲撃されたとの知らせを受けた。そして、この屋敷へ避難するよう勧めたと。もしやってきたら、匿ってくれと」
 三成はその文を開き……覚えのある花押を見て息をついた。
 屋敷に来た時と比べ、幾分、穏やかな表情になって。

 それは、以前から個人的に親交のある佐竹義宣のものだった。
 文には、こうも記されてあった。
『治部が死んでは生き甲斐が無くなる』と。

「全く。よく、このような事を恥ずかしげもなく書けるものだ」
「さて、治部殿。和んでおる場合ではないぞ」
 前に乗り出した秀家は、ひたり、とその細い首筋に扇子の先を突きつけた。
 その眼光は鋭く、梟雄直家の血を色濃く感じるものであった。
「単刀直入に問う。お主を襲撃したのは誰じゃ?」
 相当に、酷な問いなのだろう。びくり、と体が微かに跳ね、目を反らした。
「治部殿の出歩く場所や時間を把握しておる者。そして治部殿のその態度。儂が推測するに、それなりに近しい者の仕業と踏んでおる。じゃが、弥九朗や刑部殿がそのような事をするとは思えぬ。となると……」
「秀家さん? その辺にしておいてもらえませんかね?」
「……よい」
 今にも、掴みかからんとする勢いの左近を制止し。
 三成は、ふぅ……と長く息を吐き、ゆっくりと、口を開いた。
 その体は微かに震え、心なしか青ざめているようにも見える。
「その通りだ。俺に襲撃を仕掛けたのは、正則や清正をはじめとする武将7名。前田屋敷から出た所を襲われた。……何の冗談かと思った。何かの間違いであればと。だが……どうやら、現実だったらしい」
 どこか困ったように、彼は言葉を続ける。
「あいつらに嫌われている事は分かっていたが、まさか命を狙われるほど憎まれていたとは……さすがに、堪えた」

 朝鮮半島から撤退した日から、亀裂は深く広くなるばかり。
 一体、いつから歯車がかみ合わなくなっていたのか。
 今となっては知る術もなく、知ったところで最早手おくれだった。

「ふむ」
 色の違う髪のひと房をいじりながら、秀家は何かを思案しているようだった。
「また、随分と厄介な者らに狙われたものじゃ。父上ならば、かつての仲間であろうとお構いなしに地に這い蹲らせて『生きていて御免なさい』と言わせるまでやり返した挙句、まんまと命も財産も奪う所なのじゃろうが……。治部殿はそこまで冷徹になれぬ。こうやって、討ち取りもせず逃げてきたのが証拠じゃ。大方、傷一つ負わせなかったのじゃろう? 甘すぎるわ」
「若。事実かもしれませぬが、お言葉が過ぎるかと」
(……あなたもね)
 秀家をたしなめる全登の言葉に、左近は口の中で小さく呟く。
「しかし、妙じゃな。それに、随分と行動も早い」
「どういう意味だ?」
「何故『今』、このような行動を起こす? あ奴らにも領地があり、家臣もおる。利家殿が亡くなって均衡が崩れたとはいえ、五奉行の一人を襲撃して、ただで済むとは思わぬじゃろう。いくら憎んでいたとはいえ、そこまで短絡的に行動できるものじゃろうか。それも、集団で足並みを揃えて、じゃ」
「まるで、誰かが糸を引いていると言わんばかりだな」
「……なに。儂はただ、可能性を言ったまでじゃ」

「なんにせよ」
 ころり、と表情を変えて秀家が言う。
「そのような事が起きたばかりじゃ。それにもう遅い。今日は我が屋敷に泊まっていくがよかろう。今、出来ることは身の安全を確保すること。それだけじゃ」


     *     *     *


「全登。どう思う?」
 三成と左近が下がり、二人だけになった部屋で、秀家は静かに尋ねた。
 その眼光は鋭く、亡き父、直家を彷彿とさせる。
「これが突発的なものであれば問題はない。立場を利用し、奴らを糾弾してやればいい。じゃが、もし黒幕がいたとすれば……少々厄介じゃの。儂には一人しか思い浮かばぬ」
「そうですね。彼らを利用できる立場の者、となると限られてきますから」
「そして恐らく黒幕はおるし、あ奴らの後の保障もされておるのじゃろう。少なくともその場ではな。でなければ、このような軽率な行動は取れまい」
 厄介なことだ、と口の中で呟きながら、息をつく秀家。
 ゆらり、と火皿の灯りが揺らいだ。
「儂の読みでは……治部殿が生きておる以上、近いうちに行動を起こすはず。利家殿がいなくなった今、目の前の邪魔者は治部殿ひとりじゃからな。領土もさほど広くなく、成り上がりの治部殿にとって、五奉行の地位が最後の砦。無くなればそれで……仕舞いじゃ」
「殺せないならば、辞めさせるように仕向ける、と……」
「左様。暗殺に成功すればそれでよし。7将に罪を着せて処刑すれば邪魔者はいなくなる。暗殺に失敗しても、身の安全をちらつかせて隠居に追い込めば良い。応じなければ成功するまで襲撃させるだけの事」
「……成程。どちらに転んでも、身を汚す事なく得をする訳ですか」
「あくまで、可能性の一つとして儂の仮説を述べたまでじゃ。じゃが……いずれにせよ、豊臣家臣団の溝がここまで深まった今、遅かれ早かれ崩壊は起こるじゃろうし、そこに付け入るのは目に見えておる。治部殿が死なずに生きていてくれた事が、せめてもの救いじゃな。治部殿はまだ若い。いずれ反撃の機会は来るじゃろうし、なければないで作れば良い」
「若が?」
 全登の問いかけに秀家は答えず、しかしその口元には、不敵な笑みすら浮かべていた。



 それから数日後、一件の責任を負わされた石田三成は五奉行を辞し、佐和山に隠居する事となった。
 襲撃した福島正則ら7人への咎めは、何一つないまま……。
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