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「これで、よし。と」
庭の一角に括り付けられた「それ」を見上げ、石田家筆頭家老、島左近は満足げに呟いた。
爽やかな風が吹き抜け、舟形の葉がさらさらと音を立てる。……しばし、その風と音に身を任せている、と。
「左近」
不意に、背後の縁側から主の声が降ってきた。普段から不機嫌な人ではあるが、今日も今日とて虫の居所が悪そうである。
……いや、普段にも増して、と言うべきか。
くるりと振り返ると、予想通りの表情を張りつかせた主君、石田三成の姿があった。形の良い眉根を寄せ、小首を傾げ、左近の持ち込んだ「それ」を見据えている。
「なんだ、それは」
「笹です」
「見れば分かる」
「立派な笹でしょう? 城下の者からね、頂いて来たんですよ」
「何故ここにあるのかと聞いておる」
苛々と、語気を荒げて三成。
ふぅ、と小さく息を吐き、左近は言葉を紡いだ。
「何故って、ほら、今日は七夕じゃないですか。いやぁ、良い天気になって良かった。織姫と彦星も、無事1年ぶりの逢瀬を果たせそうですな……って、なんでそんな嫌そうな顔してるんですか」
「……」
「殿は無いんですか? 願い事」
「フン、下らん。まさか、貴様がそのような非現実的な事を信じるような、夢見がちな男だったとはな」
「左近も信じてる訳じゃないんですがね。ま、習慣ってヤツです」
器用に片目を瞑って答え、三成の嫌味を受け流す。
しかし、当の三成はというと。
「習慣もなにも。俺には願い事など、ない」
無下に言い放つ。
「そうだ。秀吉様の手によって天下統一がなされ、攻め寄る敵はおらぬ。お拾様もお生まれになった。これ以上何を望むというのだ?」
…違う。
本当は、不安で仕方がないのだ。
だからこうして、口にする。
複雑な思いで、左近は言葉の途切れた三成を真っ直ぐに見つめていた。
後に秀頼と呼ばれるようになるお拾が生まれてから……否、統一を成し遂げた頃から、秀吉はまるで人が変わってしまった。
吉利支丹への弾圧は、まだ理解できなくもない。この日ノ本を、南蛮の一部に組み込もうとする動きが見え隠れしていたのは事実。
しかし、朝鮮半島への出兵など、兵も国力も、ただただ疲弊させるだけの愚行でしかない。
お拾が生まれるまでは、世継ぎがいない事への焦りから来ている物だろうと思っていた。だが、世継ぎが生まれてからより一層、狂ってしまった。
2代目として関白職を譲られていた秀次は、秀吉の言いがかりで自害に追い込まれた。女子供も区別なく、一族のほぼ全員が処刑された。
……そして今、再び、朝鮮半島へ渡る準備が進められている。
「なんだ、あるじゃないですか。願い事」
「何?」
「不安なんでしょう? このままでは、豊臣の天下が続くかどうか分かったもんじゃない。……いや、そう長くはもたないでしょうなぁ。疲弊、不満、国力低下、そして内部分裂」
「左近!」
「分かってるなら、そうならないように願えばいい。殿の手で、願いを叶えてやればいい。そうでしょう?」
「……分かっている。すまぬ」
「このところ、まともに休んでいないでしょう。肩に力が入りすぎですよ。……どうです、今夜あたり。笹の葉の音に耳を傾け、天の恋物語に思いを馳せながら1杯なんてのは」
「……そうだな。久々に、星空をゆっくりと見るのも悪くない」
不機嫌そのものだった主の顔に、わずかな笑顔が浮かんだのを見て、左近は笑顔を返した。
「良かった。星空を肴に殿と飲み交わそうと思って、良い酒を買ってきたんですよ」
その時に、この笹を頂いて、と付け加える。
「さて、そろそろ日が陰って来る頃ですな。体を冷やさぬ前に戻りましょうか」
「……ところで、左近」
城の廊下。数歩前を歩く三成が不意に足を止め、振り返った。
「俺に散々願い事を聞いていたが、貴様の願いはないのか?」
「そりゃあ、ありますよ」
石田家に士官して、もう結構な年月が過ぎた。
気難しいこの主の本質に惹かれてから、彼の願いは変わっていない。
彼の願いは、たったひとつ。
この、生き方が不器用すぎる主の傍に在り、その望みを叶える助けになること。
ただ、それだけ。
豊臣家が存続しようが滅びようが、それ自体は、左近にとってはどうでも良い。
三成の望みが豊臣家の天下の存続だというのなら。
左近の望みも、それに倣うだけだ。
「殿の願いを叶える事が、この左近の願いです」
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この頃は、まだ笹に短冊を飾る習慣も願いをかける風習も無いですが。
季節ネタという事でひとつ!
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