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――慶長16年(1611年)。
長雨が明け、強い日差しが降り注ぐ頃。
6月、肥後国。
茶臼山丘陵に築かれた美しい城は、しかし、城内だけでなく城下までもが、その外壁と同じ色に包まれていた。
すなわち――黒。
行き交う人々の面持ちは暗く、それでも、無理矢理に笑顔を作る。
民が暗い顔をしていたら、殿の病に触るから、と。
しかし、肥後藩主、加藤清正の病状は思わしくなく、死期が近い事は誰の目にも明らかで。
幼い頃から共に育った福島正則もまた、執務の合間を縫って見舞いに訪れていた。
「お虎」
寝所に通され、正則は、伏せる親友の枕元に膝を下ろした。無骨な肉体を屈め、昔と同じ呼び名で声を掛けると、清正はうっすらと目を開けた。視線を彷徨わせ、傍らにある正則の姿を認めると、かすかに口元が綻んだ。
数々の戦で名を知らしめた勇猛さは、もはや見る影もない。
「久しいな……松。徳川の者には見咎められなかったか?」
「ただの見舞いじゃ」
「豊臣家に連なる大名同士の面会……ただの見舞いと思わぬ者もいるだろうさ」
確かに、清正の言うとおりである。
家康は息子の秀忠に将軍職を継がせ、権利を集中させていった。
そして、邪魔な者は言いがかりをつけ、その力を削いでいった。
彼らの主家である豊臣家は権力を失い、既に単なる一大名でしかなく。
徳川家の動向を思えば、それすらも危ういと思わざるを得ない。
「……すまねぇ、お虎。見舞いに来たっていうのに、気を揉ませちまった」
「松は……昔からそうだからな。真っ直ぐで、まるで融通が利かぬ」
何かを懐かしむように、清正は目を細めた。
「あいつに……似ているが故に、上手く行かなくなったのかもしれんな」
あいつ……。
思い浮かぶ顔は、ひとつ。
いつも不機嫌そうで。
頭の回転を鼻にかけて見下して。
そのくせ、曲がった事が大嫌いで。
「俺は、今でも佐吉が嫌いだ」
唇を噛み、悔しそうに、呻く。
「豊臣家が大変だって時に、いやしねぇ」
「詮無き事を」
「分かってる」
関ヶ原で西軍が敗れ、三成らが処せられてから、もう11年が経つ。
その間に、時代も随分と様変わりした。
「だが……誰かに恨み言の一つでも言わなきゃ、やってられねぇんだよ。浅野長政も堀尾吉晴も、ついこの間死んだ。その長政の子息、幸長も病床にある。前田利長も芳しくないと聞く。宇喜多の若子は、未だ海原の果て。おねね様に助言を頂こうにも、徳川方の監視が厳しくお目通りも叶わず……これでは、秀頼様も、淀の方も、御守り出来る者がおらぬではないか……!」
一気に、吐き捨てるように口を開き、正則は、両の拳を強く握った。
「松よ」
ぽつりと、清正が口を開いた。
「……生きよ。生きている限り望みはある。望みを無くせば……」
その瞳は、ただ、真っ直ぐに見つめていた。
正則の向こう側を。
「死、あるのみぞ……」
清正は、すぅ、と深く息を吐き……
「お虎」
骨と皮だけになった手を取ると、次第に熱が失われていくのが分かった。
「お虎……」
またひとり、失ってしまった。
……あの時の佐吉も、今の自分と同じ気持ちだったのだろうか。
徳川に取って代わられると分かっていながら、自分には食い止められるだけの権力がないと。
それでも、なりふり構わず抗うしかないと。
(今更になって思うとは、皮肉なものよ)
正則は、唇の端を歪めた。
(紀之兄、佐吉、弥九郎……お虎。お主らの想いは俺が受け継ぐ。家康殿の思惑通りにはさせぬ。だから)
「……安らかに眠られよ」
蝋燭の灯に照らされた、息の絶えたはずの清正の顔が、わずかに微笑んでいるように見えた。
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『死に至る病とは、絶望のことである――セーレン・キェルケゴール』
人間が精神であり、精神が自己である以上、
肉体の死を以ってしても、この病を終結する事はできない。
絶望を自覚し、可能性を信じる事が、絶望に対する解毒剤となる。
ネットで拾った程度の知識ですが、まとめると多分こんな感じ。
後の福島家を思うとやるせない…。
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