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ほんの少し前までは……少なくとも日が暮れる前までは、からりと晴れ上がった良い天気だった。
しかし……。
「しかしまぁ……なんとも意地の悪い天帝ですなぁ」
ばたばたと激しい音を立て、おびただしい量の水が天から降り注いている。季節柄、治水対策は万全を期しているので、河川の氾濫は恐らく何の問題もないだろうが。
「天候の変わりやすい時期だ。仕方あるまい」
城の一室、何も置いていない殺風景なその部屋で、城主とその筆頭家老は杯を交わしていた。
とはいえ、城主である三成はあまり酒を受け付けない性質である。そのせいか、ちびりちびりと口に運んではいるものの、杯の中身は一向に減る気配はない。対して向かいに座る左近は、するすると喉の奥に流していく。
「ところで、殿」
「何だ?」
「七夕に、何か嫌な思い出でもおありで?」
ぶっ!
突然の質問に酒を吹き出し、げほげほとむせ返る。
「大丈夫ですか? あーあー。こんなに零して」
「ごほっ……。貴様が、いきなり妙な事を言うから、だ」
「いや、七夕、と聞いた途端に嫌な顔をされていましたんでね」
「別に大した事ではない。虎と松の阿呆面を思い出しただけだ」
三成の言葉に、目を丸くする左近。
「正則殿と清正殿の? なんでまた」
三成と犬猿の仲であるあの二人と、七夕とが結びつかない。
そして当の三成は、余計な事を言った、といった表情で舌を打ち鳴らす。
「殿。行儀が悪いですぞ」
「五月蝿い」
ぷくりと頬をふくらませ、そっぽを向いてしまう。
あの忌々しい……いや、馬鹿馬鹿しい記憶は、一体いつの事だったか。
それは、彼がまだ「佐吉」と呼ばれていた頃。
秀吉に仕官したばかりの事……。
* * * * *
「さぁさ、ほら、見てごらんよ」
ねねがばっと広げた腕の先には、立派な笹が括りつけられてあった。長浜城の庭先である。
「笹がどうかしましたか」
つん、とつまらなそうに言い放ったのは、佐吉である。
「佐吉、お前な!」
「おねね様になんて口を!」
目を吊り上げ、横から怒鳴ってくるのは虎之助と市松である。
……が。
佐吉は目もくれずに口を開いた。
「虎松。五月蝿い」
「一括りにするんじゃねぇ!」
「ていうか区別ついてないだろお前!」
聞く耳持たず、といった風にフン、と鼻をならす佐吉。
「それで、おねね様? まさか笹を見せる為だけに呼んだ訳じゃないでしょう?」
「あはは、佐吉は賢い子だねぇ。そうそ、その通りだよ。みんなにね、笹を飾りつけてもらおうと思ってさ」
どこからともなく5色の短冊を取り出し、佐吉、虎之助、市松の3人に適当に振り分けていくねね。
「この短冊に願い事を書いて飾ると叶うっていうじゃなか。何でもいいから、書いて飾っといておくれよ」
余った短冊は、好きに切って細工してくれて構わないからさ、と言い残して、ねねは3人を残して去っていった。
さて。
初対面の頃から、あまりウマの合わない佐吉と虎之助市松組。
ましてや、まだ年端も行かない子ども同士である。
もちろん、平和に願い事だけを書いて終わるはずは、ない。
『虎松の馬鹿が治りますように 佐吉』
『背が伸びますように虎之助佐吉』
『馬鹿が勝手に願いを捏造しませんように 佐吉』
『佐吉が区別してくれますように 市松』
『キャラかぶってるから無理。 佐吉』
『かぶってねぇ! 市松』
『佐吉 いつか ぶっ飛ばす 虎之助』
『筋肉馬鹿どもに知恵がつきますように 佐吉』
「佐吉、貴様あぁぁぁ!」
「フン」
掴みかかってきた市松を交わし、すかさず足を払う。と、目の前にいた虎之助を避けられず、虎之助もよけられず、もつれ合うようにして床に伏した。
「力自慢が聞いて呆れる」
「こ、の……!」
虎之助が腕を伸ばし、佐吉の足首を掴んで引き倒した。
「っつぅ……」
頭を打ち、軽く眼を回す佐吉の上に、すかさず、馬乗りになる。
「知を自慢しているくせに、詰めが甘いんだよ」
こうなってしまったら、力で劣る佐吉には不利だ。だが、それでもその瞳はまっすぐに虎之助を見据えていた。
と……。
「なにやってんの、あんたたち!」
3人が最も恐れる女性の怒声が、部屋いっぱいに広がった。
びりびりと、空気が震えている……のは、さすがに気のせいだろう。たぶん。
「おっ、おねね様!」
「あぁあぁ、まったくもう。なんなの、この短冊。ちっとも願い事になってないじゃない。……コラ佐吉。あんた一番のお兄さんでしょ」
「……フン」
「話を聞く時は人の目を見る!」
「怒られてやんの」
「市松。人のこと笑い物にするんじゃないの。虎之助も市松も、ふたりとも、ここにいる時間は佐吉より長いんだからね」
腰に手を当て、ふぅ、と息をつくねね。
こんな調子で、この子たちこれからうまくやって行けるのかねぇ。
「あんたたちは、あたしの息子も同然。性格も全然違うから、仲良くしろとは言わないけどさ。ケンカは止しておくれよ。子ども同士で恨み、争い合う姿を見るのは、辛いんだからさ」
「おねね様……。わかりました」
虎之助は、今までに書いた短冊を破り捨て、新しく1枚を書き記した。
そこには、震える字で
『佐吉と仲良くなれますように 虎之助』
と書かれていた。
それを見て察した市松も、倣う。
ねね、虎之助、市松。
3対の視線が、佐吉を捉える。
これって脅迫じゃ……。
心の中で毒づくも。さすがの佐吉も、この状況で逆らう勇気はない。
渋々、嫌々ながら佐吉も同様の短冊を記した。
「あんたたち、分かってくれたんだねぇ。あたしゃ嬉しいよ」
満面の笑みのねねを前に、引き攣った笑みを浮かべ、手を握り合う佐吉たち。
その水面下では、抓ったり爪を立てたり関節を決めていたりするのだが。
何にせよ、3人にとって最悪の七夕として思い出に刻まれたのは間違いない。
* * * * *
「殿? どうしたんです、ぼうっとして」
「いや、少し昔の事を思い出していただけだ」
ちびり、と杯の酒を舐める。
確かにあの七夕は、最悪だった。
しかし、今思えば、あれはあれで良い思い出なのかもしれない。
少なくとも、まともに顔すら合わせなくなった今よりは、ずっと。
……三成の口元に、どこか寂しげな笑みが零れた。
しかし……。
「しかしまぁ……なんとも意地の悪い天帝ですなぁ」
ばたばたと激しい音を立て、おびただしい量の水が天から降り注いている。季節柄、治水対策は万全を期しているので、河川の氾濫は恐らく何の問題もないだろうが。
「天候の変わりやすい時期だ。仕方あるまい」
城の一室、何も置いていない殺風景なその部屋で、城主とその筆頭家老は杯を交わしていた。
とはいえ、城主である三成はあまり酒を受け付けない性質である。そのせいか、ちびりちびりと口に運んではいるものの、杯の中身は一向に減る気配はない。対して向かいに座る左近は、するすると喉の奥に流していく。
「ところで、殿」
「何だ?」
「七夕に、何か嫌な思い出でもおありで?」
ぶっ!
突然の質問に酒を吹き出し、げほげほとむせ返る。
「大丈夫ですか? あーあー。こんなに零して」
「ごほっ……。貴様が、いきなり妙な事を言うから、だ」
「いや、七夕、と聞いた途端に嫌な顔をされていましたんでね」
「別に大した事ではない。虎と松の阿呆面を思い出しただけだ」
三成の言葉に、目を丸くする左近。
「正則殿と清正殿の? なんでまた」
三成と犬猿の仲であるあの二人と、七夕とが結びつかない。
そして当の三成は、余計な事を言った、といった表情で舌を打ち鳴らす。
「殿。行儀が悪いですぞ」
「五月蝿い」
ぷくりと頬をふくらませ、そっぽを向いてしまう。
あの忌々しい……いや、馬鹿馬鹿しい記憶は、一体いつの事だったか。
それは、彼がまだ「佐吉」と呼ばれていた頃。
秀吉に仕官したばかりの事……。
* * * * *
「さぁさ、ほら、見てごらんよ」
ねねがばっと広げた腕の先には、立派な笹が括りつけられてあった。長浜城の庭先である。
「笹がどうかしましたか」
つん、とつまらなそうに言い放ったのは、佐吉である。
「佐吉、お前な!」
「おねね様になんて口を!」
目を吊り上げ、横から怒鳴ってくるのは虎之助と市松である。
……が。
佐吉は目もくれずに口を開いた。
「虎松。五月蝿い」
「一括りにするんじゃねぇ!」
「ていうか区別ついてないだろお前!」
聞く耳持たず、といった風にフン、と鼻をならす佐吉。
「それで、おねね様? まさか笹を見せる為だけに呼んだ訳じゃないでしょう?」
「あはは、佐吉は賢い子だねぇ。そうそ、その通りだよ。みんなにね、笹を飾りつけてもらおうと思ってさ」
どこからともなく5色の短冊を取り出し、佐吉、虎之助、市松の3人に適当に振り分けていくねね。
「この短冊に願い事を書いて飾ると叶うっていうじゃなか。何でもいいから、書いて飾っといておくれよ」
余った短冊は、好きに切って細工してくれて構わないからさ、と言い残して、ねねは3人を残して去っていった。
さて。
初対面の頃から、あまりウマの合わない佐吉と虎之助市松組。
ましてや、まだ年端も行かない子ども同士である。
もちろん、平和に願い事だけを書いて終わるはずは、ない。
『虎松の馬鹿が治りますように 佐吉』
『背が伸びますように
『馬鹿が勝手に願いを捏造しませんように 佐吉』
『佐吉が区別してくれますように 市松』
『キャラかぶってるから無理。 佐吉』
『かぶってねぇ! 市松』
『佐吉 いつか ぶっ飛ばす 虎之助』
『筋肉馬鹿どもに知恵がつきますように 佐吉』
「佐吉、貴様あぁぁぁ!」
「フン」
掴みかかってきた市松を交わし、すかさず足を払う。と、目の前にいた虎之助を避けられず、虎之助もよけられず、もつれ合うようにして床に伏した。
「力自慢が聞いて呆れる」
「こ、の……!」
虎之助が腕を伸ばし、佐吉の足首を掴んで引き倒した。
「っつぅ……」
頭を打ち、軽く眼を回す佐吉の上に、すかさず、馬乗りになる。
「知を自慢しているくせに、詰めが甘いんだよ」
こうなってしまったら、力で劣る佐吉には不利だ。だが、それでもその瞳はまっすぐに虎之助を見据えていた。
と……。
「なにやってんの、あんたたち!」
3人が最も恐れる女性の怒声が、部屋いっぱいに広がった。
びりびりと、空気が震えている……のは、さすがに気のせいだろう。たぶん。
「おっ、おねね様!」
「あぁあぁ、まったくもう。なんなの、この短冊。ちっとも願い事になってないじゃない。……コラ佐吉。あんた一番のお兄さんでしょ」
「……フン」
「話を聞く時は人の目を見る!」
「怒られてやんの」
「市松。人のこと笑い物にするんじゃないの。虎之助も市松も、ふたりとも、ここにいる時間は佐吉より長いんだからね」
腰に手を当て、ふぅ、と息をつくねね。
こんな調子で、この子たちこれからうまくやって行けるのかねぇ。
「あんたたちは、あたしの息子も同然。性格も全然違うから、仲良くしろとは言わないけどさ。ケンカは止しておくれよ。子ども同士で恨み、争い合う姿を見るのは、辛いんだからさ」
「おねね様……。わかりました」
虎之助は、今までに書いた短冊を破り捨て、新しく1枚を書き記した。
そこには、震える字で
『佐吉と仲良くなれますように 虎之助』
と書かれていた。
それを見て察した市松も、倣う。
ねね、虎之助、市松。
3対の視線が、佐吉を捉える。
これって脅迫じゃ……。
心の中で毒づくも。さすがの佐吉も、この状況で逆らう勇気はない。
渋々、嫌々ながら佐吉も同様の短冊を記した。
「あんたたち、分かってくれたんだねぇ。あたしゃ嬉しいよ」
満面の笑みのねねを前に、引き攣った笑みを浮かべ、手を握り合う佐吉たち。
その水面下では、抓ったり爪を立てたり関節を決めていたりするのだが。
何にせよ、3人にとって最悪の七夕として思い出に刻まれたのは間違いない。
* * * * *
「殿? どうしたんです、ぼうっとして」
「いや、少し昔の事を思い出していただけだ」
ちびり、と杯の酒を舐める。
確かにあの七夕は、最悪だった。
しかし、今思えば、あれはあれで良い思い出なのかもしれない。
少なくとも、まともに顔すら合わせなくなった今よりは、ずっと。
……三成の口元に、どこか寂しげな笑みが零れた。
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Contents
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- [人物]石田家家臣(1)
- [人物]豊臣恩顧1(1)
- [人物]豊臣恩顧2(1)
- [人物]宇喜多家(1)
- [読切]星に願いを(佐和山)(1)
- [読切]続:星に願いを(子飼い)(1)
- [連作]説明(1)
- [徒然]呟き1(1)
- [連作]ハジマリの場所(1)
- [連作]雨降って(1)
- [読切]夏の日に(佐和山)(1)
- [徒然]呟き2(1)
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