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それは、あまりにも唐突な話であった。
「元服?」
加藤虎之助は一瞬目を丸くし、すぐに訝しそうに眉根を寄せた。
確かに、歳も歳であるし、同期の市松は元服も済ませたし、近いうちに自分も元服する事になるだろうという予感はあった。しかし、それにしても、突然すぎる……。
……あぁ。
成程、そういうことか。
口の中で呟くような、小さな小さな声が、すぐ隣から聞こえてきた。
ちらり、と横目で見やると、同じく元服を言い渡された石田佐吉。その奥には、彼らより少々遅れて秀吉に士官した大谷紀之介。年長者と言う事もあり、既に元服も済ませ、吉継と名を改めている。
彼らの表情を見るに、秀吉の思惑を理解したようであった。
反対側に目をやる。と、正則と名を改めた、同期であり親友でもある福島市松がいた。彼はというと、全く訳が分からぬ、といった風にぽかんとしている。
おそらく、自分も同じような顔をしているのだろう。
さっぱり分からない。
訳の分からないまま、流されるように儀は執り行われ。
訳の分からないまま、虎之助は清正と名を改める事になっていた。
虎之助と佐吉の仲は、あまり良いものではなかった。しかしそれは、互いの能力を認めた上での、つまらないプライドから来るもので。
幾度となく、取っ組みあっての喧嘩になる事もしばしばだった。
病気がちの癖に負けん気が強くて。
細い体つきの割に力もあって。
それが益々気に入らない。
しかし、ここしばらくの間に、佐吉は変わった……と思った。
とはいえ、つんと澄ました態度も変わらず、口が悪いのも相変わらずで、どこが、と具体的に示すのは難しい。ただひとつ言えるのは、彼を取り巻く雰囲気がわずかながらに柔らかくなった、と言う事だろう。
そしてそのきっかけになったのは……。
佐吉と親しげに話している紀之介と目が合った。にこり、と微笑みを返してくる。
この、紀之助にあるのは間違いないだろう。
さて元服の儀式は滞りなく終わり、虎之助ら4人は「折角だから皆で飲みにでも行って来たらどうじゃ?」という秀吉の言葉に促され、城下にある酒場へと足を延ばしていた。
「しっかし、叔父貴はなんでまた突然、元服なんて言い出したんだ?」
かぱ、と最初の酒を軽々と喉に流し込むや否や、市松が不思議そうに首を傾げる。
「なんだ、やはり気づいていないのか」
ふん、と鼻を鳴らしながら毒づいたのは、言わずもがな。
「元服したというのに、相変わらず口の悪い奴だ」
「さっきの今で、そう簡単に変わるはずがあるまい? なにせ16になるまで付き合ってきた性格なのだぞ」
「違いねぇ。俺だって猪と言われて育ってきたが、未だに猪よ」
口元に笑みを浮かべる佐吉に対し、豪快に笑い飛ばし、更に酒をあおる市松。
「それで、紀ノ兄。佐吉」
タン、と杯を机に打ち鳴らし、虎之助が問う。
「親父殿が突然元服を言い出した理由は何と?」
こくり、と杯の中身で口を湿らせ、佐吉が口を開く。
「俺たちは成人した。小姓ではなくなった。武家に仕える者にとって、それは、ひとりの武者になったと言う事だろう? そしてこの、見ようによっては慌てているとも取れる突然の元服」
「秀吉様は代々仕えてきた家臣のいる武家の出ではないし、信長様の家臣として出世したばかりで、兵力に不安があるからね。どうにかして、増やしたかったんだと思う。そして……」
佐吉の後を継いだ紀之介が、言葉を一度切った。
「急がなければならない理由があった」
佐吉、そして紀之介。ふたりの紡いだ言葉を聞いて。
虎之助と市松が、同時にあっと声を上げた。
「もしや、戦」
「恐らくね」
声の高さを落とし、紀之介が続ける。
「大殿の野望の仕上げ……といった所かな」
虎之助も市松も、ごくりと唾を飲んだ。
カタカタと、杯を持つ手が震えている。
「ふん、今から怖気づいたか」
「ば、馬鹿を言うな」
「この命、いつでも投げ出す覚悟の上よ」
「馬鹿は貴様らだ」
くい、と一気に杯をあおる佐吉。
「最初から死ぬ気でどうする。この命があるのは、生きる為ではないのか?」
言外に。
死ぬな、と含めて。
酒気を帯びて潤んだ双眸が、二人を真っ直ぐに見据えた。
三者の間に走る緊張を解いたのは、紀之介の声だった。
「佐吉。飲みすぎ」
紀之介が諌めるのとほとんど同時に、佐吉の手から杯が滑り落ちた。
そしてそのまま、卓に突っ伏して静かな寝息を立て始める。
「全く……飲めないのに無理するから」
少し困ったように笑みを浮かべ、転がった杯を起こした。
「お虎、松。済まないね、不器用な奴で」
「いや……驚いているだけだ。佐吉があんな事を言うなんてな」
市松の言葉に、虎之助も頷くしかない様子で。
「……ま、武士としては死ぬ場所を求めて生き、主家の為に散るのが筋なのかも知れないけれど、割り切れないんだろうね。それが佐吉の優しさでもあり、甘さでもある。とはいえ、死ぬ事ばかり考えて生きるのもね。なんとも味気ない。それに、生きようという意思の強い人間は、強いものだから」
酒場を出ると、火照った頬に夜風が心地よかった。
一番体の大きな市松が、酔いつぶれた佐吉を背負っている。年は佐吉の方が上であるにも関わらず、その体格は頼りないほどに細く、小さく見えた。
「こう見ると」
ぽつりと、虎之助が呟くように言った。
「俺たちの心配などする前に貴様自身を心配しろ、と言いたくなるな」
「こう見えて意外と腕っ節が強い事、お前がよく知っているだろ? お虎」
からかうように、市松が言うと。
虎之助は鼻を鳴らして、未だ生々しい傷痕の残る左頬を撫でた。佐吉と争い、大怪我を負わされてからおよそ1年。
あの時から、頭だけではないという事を知り、随分と見方も変った。
案外……。
変ったのは佐吉ではなく、自分自身なのかも知れぬ。
ふう、と息を吐き、空を仰ぐと、淡い朧月が、柔らかな光を湛えていた。
まるで、まだ幼い彼らを見守るかのように。
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