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「左近」
不機嫌を顔一面に張りつかせ、扇で煽ぎながら、縁側に座り込んだ石田三成は口を開いた。
「暑い」
毎日毎日、うだるような暑さが続いている。不満が出るのも分からなくもない……が、不満を口にした所で涼しくなるはずもなく。
「そりゃ、夏ですからな」
石田家筆頭家老の島左近は、汗をぬぐい、庭先の木々に水を打った。本来、彼がやる仕事ではないが、暑がる主君に少しでも涼を、と思っての事である。
陽の光を浴びた雫が、きらきらと輝いていた。
京の都は、夏は暑く冬は寒い。何故そんな所に都が、と思わなくもないが、過去の人には過去の人なりの事情があったのだろう。仮に京から出たとしても、たとえば堺の町だろうが大和だろうが暑い事には変わりがないだろうし、涼を求めて都から離れれば多忙を極める主君の仕事にさし障る。
川床でもあれば少しは違うのだろうが、この屋敷に設えるには無理がある。結局の所、手を変え品を変え、耐えてもらうしかないのが現状である。
「左近。冷たいものが欲しい」
「駄目です」
きっぱりと、間髪置かずに言いきる。
氷室の削り氷を食べてお腹を壊したばかりでしょう。
はらわたが弱いと自覚しているのに食べ過ぎるなんて。
一体いくつになったんですかアンタ。
「左近……」
「今度は何ですか」
「……あつい」
掠れた声が喉から漏れ、三成の体が、ずるりと崩れた。
「ちょっ、殿!?」
桶と柄杓を投げ捨て、左近は、三成の体を抱き上げた。完全に意識を失っている。暑さで参っていたせいだろうか。ただでさえ細い体が、余計に細く感じられた。
そして……
額を流れる汗も、その肌も、焼けるように熱かった。
あついあついって……。
「熱があるじゃないですか」
全く、何をやってるんですか。
この主君に従ってから、もう何年も過ぎている。
こうやって熱を出す事もさして珍しくないと知った。
しかし、なんだかんだと口やかましく言いながらも、心配せずにはいられないのであった。
まわる。
世界がまわる。
波打つ。
せかいがなみをうつ。
ここはどこだ。
くろいせかい。
しろいせかい。
黒と白が、めぐる。
どこか遠くで、声が聞こえる。
誰の声だろう。
心地いい。
耳になじんだ、声。
ひんやりとしたものが、額に触れた。
人の手だ。
その手が優しく髪を撫でる。
そのうちに、深い眠りに落ちて行った。
静かに、その青年は襖を閉めた。
「わざわざ済みませんね」
左近の言葉に、彼はゆるやかに首を振る。
「偶々、おすそ分けに来ただけですから」
お気になさらず、と言外に告げる。
左近は改めて、彼をまじまじと見た。なにか、と小首を傾げる動作までもが、よく似ている。
「失礼。見れば見るほどよく似ていると思いましてな」
倒れた主君に瓜二つのこの青年が屋敷を訪れたのは、三成を寝床に運んだ直後だった。
あまりにそっくりだった為、はじめは、妖の類かと思った。しかし、生気が感じられる事、顔のつくりは良く似ているが表情や仕草が全く異なる事から、それを即座に否定した。
「幼い頃から、よく言われます」
少し困ったように、彼は言った。
三成の実兄――石田正澄である。
会うのは初めてだが、噂は何度か耳にしていた。聞くところによれば、兄弟そろって優秀であるようで、三成ほどではないにしろ、この兄もなかなかに多忙であるらしい。
「桃、有難く頂きますよ」
その多忙の合間を縫って、沢山頂いたからと、自ら旬の桃を手にやってきたのである。使いの者でも、充分に事が足りるにも関わらず。
「桃は、甘味もありますし、なにより腹を冷やしませんから。佐吉君には丁度いいでしょう」
「正澄さん」
「なんでしょう?」
「おすそ分けは口実で、本当は、殿の様子を見にいらしたんでしょう?」
「……見破りますか」
穏やかに微笑み、彼は認めた。
「昔から体が弱くて、そのくせ無理をしがちで。その上、夏には冷たい物を摂り過ぎて腹を壊して……まったく、いくつになっても変わらない。でも」
「でも?」
「それ以上に自尊心の強い子ですから、気に入らない相手の前では強がったままで、不調を見せたりはしません。あの子が、文のついでに貴方の事を色々と書いて寄越すものですから、どんな人なのかと気にしていたのですが……お会い出来て良かった」
「それは、俺もですよ」
名は体を表すとはよく言ったもので。
その名が示すとおり、澄み切った瞳と雰囲気を持つ人だと思った。
あの人が何故、汚れる事無く純粋でいられるのか、分かった気がした。
「佐吉君の事、これからもよろしくお願いします」
穏やかな笑顔を崩さず、正澄は続ける。
「……もし、悲しませるような事があったら……してやりますのでご覚悟を」
――ぞく。
真夏だというのに、なにか冷たいものが左近の背中を走った。
前言撤回。
澄み切った瞳も雰囲気も、見せかけだけの作りものだ。
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