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 関ヶ原の戦いから10日ほどが過ぎた。
 捕らえられた石田三成の身柄は大津城に護送されており、数日城門前に生き晒しにされた後、今はその離れに幽閉されている。
 おそらく、これから数日もしないうちに大阪に移され、罪人として引き回しにされるのだろう。
 

 だが、死が間近に迫っているにも関わらず、その顔は驚くほどに穏やかで。
 白く細い面立ちが、儚げな美しさを際立たせていた。

 かなかなかな。
 かなかなかな。

 ひぐらしの鳴き声が耳に入り、三成はわずかに目を見開いた後、小さく微笑んだ。
 この数ヶ月というもの、よほど忙しくしていたらしい。季節が変わっていたことに、まるで気づいていなかった。

「……そうか」
 ぽつりと、ひとりごちる。
 そこまで、余裕を無くしていたのか、俺は。
 先の戦で、紀之介、父上、兄上、他にも多くの人が逝ってしまった。
 左近討ち死にの報は耳に届いていないが、あの怪我では望みは薄いだろう。 
 戦場から落ちた際に、左近が残した言葉が、未だ耳に残る。

『生きて、反撃の機会を伺うんですよ。最後まで諦めないで食らいつくのが、この戦を仕掛けた殿の責任って奴でしょう』

「……全く。簡単に言ってくれる」
 
 左近よ。
 恐らくお前は、俺が再起し、徳川方を廃し、秀頼様の傍らで支える事を望んでいるのだろうが……。
 どうやらそれは、叶えられそうにもない。
 しかし決して、豊臣家の、秀頼様の天下を諦めた訳ではない。
 諦めるはずがない。
 ただ、とても大切なことを思い出したのだ。
 そして、それを信じようと思ったのだ。

 ああ。
 何故、もっと早くに、気づけなかったのだろう。
 

「……そこにいるのだろう? 松に、お虎よ」

 豊臣家の未来を案じているのは、俺だけではないということに。 


     *     *     *

 

 唐突に。
 襖の向こうから声をかけられ、加藤清正と福島正則の心の臓は跳ね上がった。徳川方にいらない詮索をされないよう、人目を忍んでやって来ていたものだから、余計に。あまりの驚きに、昔の呼び名で呼ばれていた事にすら、ふたりは気づいていなかった。
 尤も、彼らとしては、単にからかいに来ただけなのだが。
 
 「どうした、入って来ないのか?」
 鼻持ちならない昔馴染みの三成に、馬鹿にされては適わぬと、正則は襖を開け放った。
 そして、息を呑んだ。
「三成、お前」
「いいから中に入れ。徳川連中が来たら面倒だ」
 正則の言葉を遮り、清正は彼を押し込むようにして部屋に足を踏み入れる。
 彼もまた、三成の姿を目にし……ふう、と息をついた。
 死も近づいているというのに、あまりに落ち着き払ったその顔は、まるで憑き物が取れたのように晴れ晴れとしていて。

 からかいに来た自分が、急に、馬鹿馬鹿しくなった。

「久しいな」
 どかりと胡坐をかき、三成をまっすぐに見据える。
「最後に会ったのは、いつになるか」
 
「……そうだな。こうやってまともに顔を合わせるのは……そうだ、名護屋の築城以来ではないか?」
「かもしれぬ。俺とお主とが中心になって、あまりの速さに周りを酷く驚かせた」
「ああ、そうだった。あれから年月はさほど過ぎていないはずだが……なんだかとても、懐かしい」
 切れ長の、形のいい目を細める三成。
 その様子に、清正ははた、と気がついた。

 こんなにも、穏やかに笑うような人物であっただろうか。
 自分の記憶では、もっと傲慢で、高圧的で、気性が激しく、負けん気が強く、何かにつけて嫌味で、つまりは鼻持ちならない男だったのだが……。

 いや……と、疑念を打ち消す清正。
 死を目前にして、強がる気力もないだけだろう。

「三成。何故、貴様ほど頭の切れる男が、あのような無謀な戦いを挑んだ?」 
「本当に、無謀だと思うか?」
「何?」 
「結果として、あの老獪な狸の方が根回しが上手かったようだが、家康の首を取る目は充分にあったと思うのだが。例えば小早川、例えば朽木ら。奴らの行いのうち、ひとつが違っていただけで、どう転んでいたか分からぬ。そうは思わぬか?」
 にやりと、含みのある笑みを浮かべる三成。
 人によっては、ただの負け惜しみと取るかもしれない。
 だが清正は、三成は本気で勝つつもりで、あの無謀とも思える戦を仕掛けたのだと感じた。
「……さて、お虎、そして松よ。俺からも、問いたい事がある。何故、徳川方についた? 秀吉様亡き後の奴の専横ぶりを見れば、どちらが咎められるべきか明らかだろうに」
 まっすぐに、射抜くように。
 清正と正則を交互に見やる三成。
「そんなもん」
 うなるように、声を漏らした正則が。
「お前が気に入らなかったからに決まってるだろう!」
 激昂した。
「いつもそうだ。その目だ。自分は全て分かっていると言わんばかりにそうやって見下して!」
 胸倉を掴み、つばを飛ばしながら怒鳴り散らす。
 三成はわずかに顔をしかめたが、何も言わずに聞いていた。
「いっつもいっつもいいっつも、後ろから偉そうに講釈たれて小馬鹿にして! 嘘の報告で叔父貴に取り入って、利家公に擦り寄って。都合よく威を借りて、さぞいい気分だっただろうよ!」
「市松。よせ」
「……ちっ」
 清正に静止され、投げ捨てるように手を離すと、三成は崩れ落ちるように畳に伏せた。
 激しく咳き込みながら、問う。
「言いたいことは、それだけか?」
「なんだと、喧嘩を売っているのか?」
「いや、そうじゃないんだ。……なるほどな」
 何かを納得した様子で、着物の乱れを直しながら続ける。
「……そうか。俺は、そのように見られていたのか。昔なじみのお前たちですらそうなのだから、人がついてこなかったのも、無理からぬ話……というわけか」
 どこか、寂しげに。
「三成。何故、自決しなかった? 自決していれば、生き晒しなどという辱めを受ける事もなかったろうに」
「なにを馬鹿なことを」
 ふん、と鼻を鳴らし、受ける三成。
「死ねば、そこで終わりだ。反撃する機会の芽を自らつぶすなど、愚か者のすることだ」
「だが、お前は捕らわれ、辱めを受けた。あとは処刑を待つ身だろう」
「それでも、その時まで何が起こるかは分からぬのが世の常。それに、もし俺が死ぬことになろうとも、俺の志を受け継ぐ者はいるはず。その者らの為にも、俺は死ぬまで『石田三成』でなくてはならぬのだ。だが、腹を切るという事は、すなわち降服の姿勢を見せるということ。その方が、俺にとっては屈辱だ」
 相変わらずの、自負心の塊のような論に、苦笑するしかなかった。
 と同時に、安心もした。
「変わらないな、お前は」
「それはお互い様だろう」
 その途端、苦しげに顔を歪め、激しく咳き込んだ。口元を押さえた手の中に、わずかに混じるのは――朱。
「三成、お前、それ! もしかしてさっき、変なとこぶつけたのか!?」
 血相を変えた正則を制する三成。
「案ずるな。この数ヶ月の間、少し、無理をしすぎた。それが祟っただけだ」
 しかしそうは言うものの、ぜえぜえと、息を整える音が痛々しい。

 清正は思案した。
 一体この男は、こんなになるまで無理を押して、ひとりで何と戦ってきたというのだ?
 豊臣家の中枢に返り咲き、権力を己が物にする為の私闘ではなかったのか?
 だから、朝鮮出兵を利用して、武断派を排除しようと虚偽の報告をしていたのではなかったのか?
 秀吉様に取り入り、利家公に擦り寄り、威を借りていたのではないのか?

 今まで見てきたはずの「三成」と。
 こうして目の前にいる「佐吉」と。
 その差はなんだ? 何が違う? なにがおかしい?

 変わったのは、なんだ?


 ただ、ひとつわかったことは。
 この男の中にあるのは、今も昔も変わらず、豊臣家を何よりも大切に思っているということだ。


 

 志は同じであったはずなのに。

「俺たちとお主の生きる道は、一体どこで、分かれてしまったのだろうな」
「……何を言っている」
 ぽつりと呟いた清正の言葉に、息を整えた三成が答える。
「分かれてなどおらぬ。俺もお前たちも、昔から今に至るまで、豊臣のことばかりを考えているではないか。ただ、やり方が違っただけのことだ」

 ふうう、と、長く、息をつく三成。
「俺は、ひとりで背負いすぎた。ひとりででやらなければならぬと、思い込んでいた。それが、間違っていたのだろうな。豊臣家臣団の中に亀裂が生まれ、いいように利用されてしまった。……もう少し早く、お前たちを頼っていれば、徳川の狸の専横も食い止められていたのかもしれないな。……だが、まだ遅くはないと信じている」
 まっすぐに。
 清正と正則を交互に見据え、彼は言った。
「だから頼む。松に、お虎よ。……秀頼様を、豊臣家を、家康から守ってくれ」

 それは、矜持の塊とも言うべき誇り高き男から発せられた、最初で最後の頼みだった。

 二人は思わず肩に手を置き、見た目より遥かに細くなっていたそれに驚愕した。
 こんな細い体で、豊臣を案じ、守ろうとしてきたのか。
「無論だ。任せておけ」


     *     *     *


 それから数日後、石田三成は小西行長、安国寺恵瓊と共に六条河原で処刑された。
 

 
 それはとても穏やかな日のことで。
 雲ひとつない秋晴れの空は。

 悲しいほどに、高く、澄み切っていた。


 ……そう。
 まるで、石田三成の生き様を象徴するかのように。
 

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