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豊臣秀吉、前田利家とが没し、石田三成と徳川家康の対決はもはや避けられぬものとなっていた。
――慶長五年、夏の頃。
後の世に於いて関ヶ原の戦いと称される、日ノ本を分断した戦の直前。
秀吉の正室、ねねが住まう京の屋敷を、福島正則と加藤清正が訪れていた。
この戦で、徳川方につく事を報告するが為に。
「……そうかい」
知らせを受けたねねは、寂しげに目を伏せた。
子のいない彼女にとっては、秀吉の子飼いとして子どもの頃から面倒を見てきた正則も清正も、彼らと対峙する事になってしまった三成も、我が子も同然であった。
いや、彼らだけではない。
三成の親友とも言える大谷吉継に、秀吉の養子でもある宇喜多秀家……。
加藤嘉明も幼い頃から小姓として仕えていたし、小早川秀秋に至っては自身の甥。小西行長は子飼いでこそないものの、宇喜多直家・秀家親子との繋がりから豊臣家と深く係わり、三成や吉継とも仲がいい。
皆、我が子同然に思い、育て、成長を見守ってきた子らである。
その子どもたちが、互いに殺しあおうとしている――。
その現実は、ねねにとってはただただ苦しみでしかない。
「おねね様も我らと共に」
正則も清正も、声を揃えてねねを誘う。
が……。
「それはできないよ」
ねねは、静かに首を振った。
「あんたたちだけじゃなく、三成だって吉継だって、みんな、あたしにとっちゃ可愛い息子も同然。あたしは、あんたたち全員の味方のつもりだし、これからも味方でいたいんだ。どっちか片方の味方なんて、できるはずないじゃないか。……正則、清正。今からでも遅くないから、馬鹿な事はよしとくれ。こんなこと……あの人だって望んじゃいない」
「ですが、おねね様」
「文禄と慶長の役での不当な報告を思えば、豊臣家に仇なすは三成。あの奸臣めは、親父殿を騙し、勝頼様を騙し、淀の方と結託して実権の掌握を目論んでいる事は必至」
正則の言葉を遮り、清正が息をつく間もなくまくし立てる。
「……だから、あの狸に?」
少しの間を空けて。
ねねは、はぁ、と軽くため息をついた。
「あんたたちの気持ちは分かったよ。この間の戦で、悔しい思いをさせられたっていう事もね。けど、やっぱりあたしは、あんたたちとは行けない」
三成は、まだ佐吉と名乗っていた頃から何も変わらない。自分の事には大雑把なくせに、豊臣家に絡むことに関しては一切の妥協も許さず融通も利かない。そんな、あまりにも不器用すぎる性分であるが故に、不要な敵を作り、政敵にも付け込まれてしまう。言い訳などもしないから、尚の事。
正則らの怒りの元となっている件も、悪意をもって報告したわけではないだろう。そんな事が出来る性格ではないし、何より誰よりも頭の切れる三成のことだ。そんな事をすれば、この先どうなるかという事くらいは分かっているはず。
長年、彼を見てきたねねには分かる。
「……それにね」
少し困ったように、彼女は笑った。
「巷では色々と言われてるけど、あたしはね、茶々姫には感謝してるんだよ。あたしには出来なかった、あの人の子を、秀頼を残してくれたんだからさ」
……全く。
2人を下がらせ、ねねは深いため息をついた。
「三成が、自分の欲望の為に周りを利用できるくらい器用に生きられる子なら、端っから清正や正則と喧嘩なんてしないと思うんだけどねぇ。あれだけ頭のいい子なんだしさ」
そう。
あれだけ頭の回転が速いのだから、実権を握るには、無闇に敵を作る事も、余計な争いをする事も無駄だという事くらいは分かるはず。だからこそ、各大名との講和に勤めてきたのだろうし、先の戦役でも小西行長と共に和平に動いたのだろう。
……全く。
いい年して、しょうがないねぇ。
「……いるかい?」
ねねが声をかけると、音も無く女の忍が現れ、彼女の傍らに膝まづいた。
「ここに」
「大急ぎで、秀秋に文を届けとくれ。それから、あたしの忍装束の用意を」
「ご出陣でございますか」
「そんな、大げさなもんじゃないけどさ」
くすり、とねねは笑顔を浮かべ、天井を仰ぎ見た。
「ただ……あたしが行くしかないって思ったんだ」
皆が笑って暮らせる世を作る為に。
あの人の願いを受け継ぐ為に。
(そうだろう? おまえさん)
ねねの耳に届く声はない。
だが、もし内なる声が天に届いていたとしたら……。
あの、太陽のような笑顔を返すのだろう。
……大丈夫。
きっと戦は止められる。
「……さ、出陣だよ」
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ねね外伝を元にしていますが、ねね(東軍)vs淀殿(西軍)という
いわゆる「定説」の否定派なのでこんな形になりました。
否定の根拠の一つになっている、ねねと三成の関係も書いたのですが
上手く繋がらずまるまるカット…。
無双みったんで娘を出すのは無理があった(苦笑)
消すのも勿体ないので見たい方がいらっしゃいましたらリンクからどうぞ。
(正則らが帰った後あたり)
2人を下がらせ、ねねは深いため息をついた。
「三成が、自分の欲望の為に周りを利用できるくらい器用に生きられる子なら、端っから清正や正則と喧嘩なんてしないと思うんだけどねぇ。あれだけ頭のいい子なんだしさ」
ねぇ?と、傍らに控える姫に視線で語りかけた。
しかし、その姫は何も言わず、視線を畳に落とした。切れ長の瞳に長いまつげの影がかかる。
細く小さな体をかすかに震わせ、透き通るように白い肌は心なしか青ざめているようだった。
親ゆずりの髪は赤みを帯びているが、それでも、目を見張るほどに美しい姫である。
「ほらほら辰っちゃん、そんな顔しなさんなって。綺麗な顔が台無しじゃないか。……大丈夫、どうしようもないくらいに不器用なあんたの父親を、このままみすみす死なせやしないからさ」
――大丈夫。
その言葉と力強さにいくらか心をおちつかせたのか、『辰っちゃん』と呼ばれた姫の口元が微かに綻んだ。
「……はい」
「うん。やっぱり女の子は笑ってなきゃ。これだけ元が良いのに勿体ないよ」
ぱあっと華やかな笑顔を向け、ねねは腕を伸ばし、辰姫の艶やかな髪を撫でた。
夫である秀吉亡き後、三成の娘を養女として引き取ったのは、自分が三成の後ろ盾になるという意味も含めていた。他の要職者に比べれば所領も少なく、豊臣家との繋がりも弱く、そのくせ負けん気が強くて不要な敵を作りやすい性質だったから。
だが……。
未遂に終わったものの、昨年の暗殺事件。
そして、失脚。
今ではただの近江の大名でしかない。
しかしそれでも、失うわけにはいかないのだ。
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