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はらり。
暗く澱んだ空から、白いものが舞い落ちてきた。
視線を巡らし、石田三成は頭上を見上げる。
「……道理で」
朝から酷く冷え込んでいたわけだ。
秋が終わり初めて降る雪に、三成は形の良い眉をひそめた。元々、都の冬は寒さが厳しいが、雪など目にしてしまっては余計に酷く感じると言うもの。
彼は細い肩を震わせ、屋敷へと戻る足を速めた。
* * *
屋敷に戻ると、そこはまるで別世界だった。
じんわりと、体中に染み入ってくる柔らかな熱。
冷え切った手足を温める、ひりひりとした痛みすらも心地良い。
しかし。
「殿」
ほっと一息つく間もなく、声をかけてきたのは石田家家老、島左近。
「あんまり遅いんで心配しましたよ」
「すまん。つい、話し込んでしまってな。おかげで、すっかり降られてしまった」
口ではそう言うものの、表情は穏やかで、心なしか楽しそうでもあった。
「全く。ちゃんと乾かさないと駄目ですよ。殿はすぐに腹を壊すんですから」
「……俺を子供扱いするな」
外の冷気のせいなのか。
それとも左近の言葉が癇に障ったのか。
白い顔をわずかに紅潮させて、声を荒げそうになる……と。
「――でも」
ぽつりと、奥から耳触りのいい声が聞こえて来た。
「わたしも、左近殿の言い分に同感だよ。佐吉」
聞き覚えのある声に、佐吉、と呼ばれて。
三成は目を見開いた。
まさか。
「紀之介?」
目線を上げると、三成の旧友であり、親友でもある大谷吉継の姿が、そこにあった。
いつもと変わらぬ、穏やかな笑顔を浮かべて。
「ちょっと、急な用事でね。文を送っても、わたしが辿り着くのと大して変わらないだろうから」
奥の間に通された吉継は、いつもと変わらぬ調子で話し、薄茶を口に含んだ。
彼が敦賀の領主になってからは、会う機会はめっきり減ってしまった。それ故か、病魔に侵された彼の体が、会う度に酷く悪化しているように見えてしまう。
今も、整った顔の半分は覆面で覆われ、体にも指の先まで包帯が巻かれていた。
「だから、直接来たと」
「そうだよ」
多忙すぎる友人に対して少しも悪びれた様子もなく、吉継は小さく頷き、笑みを浮かべる。
「居なければ、それはそれで仕方がないと思っていたけれど」
居れば、無理にでも時間を割いてくれるだろうから――。
言外に含まれた言葉を察して、三成は頭を掻いた。
紀之介には敵わぬ、と心の中で呟きながら。
「……本格的に降ってきたね」
わずかに障子を開け、窓の隙間から外を眺める吉継。
「紀之介には、この程度の雪など珍しくもないだろう? 春日山の兼続が、あのあたり一帯は酷い雪と寒さで、冬になると身動きが取れないと言っていた」
「うん。たしかに雪は深いけれど……それでも春日山のあたりに比べれば、まだ多少は穏やかだから」
吉継は目を落とし、小さく呟いた。
「……少し、刺すような寒さが傷に凍みるけれど、それでもわたしは好きだよ」
雪はすべてを綺麗に隠してくれる。
醜いものも。
……すべてを。
「俺は嫌いだ」
きっぱりと言い放つ三成に、吉継は目を丸くした。
「物資の流通が滞る。人も動かなくなる。足元もぬかるむ。そして何より……寒い」
馬鹿正直すぎる言葉に、吉継は思わず噴き出した。
「……何がおかしい」
「いや、佐吉らしいなと思ってね」
なぜ笑われたのか理解できない三成が、ふん、と鼻を鳴らす。
窓の隙間から外を眺めると、白いものが積もり始めているのが見えた。
陽は厚い雲に覆われているものの、雪灯りが仄かに照らし。
雪が音を消しているのか、あたりはとても静かだった。
「……だが」
ぽつりと、静寂をかき消すかのように、三成が言う。
「雪の日の澄んだ空気と静けさは……嫌いではない」
かすかに、口元に笑みを浮かべて。
暗く澱んだ空から、白いものが舞い落ちてきた。
視線を巡らし、石田三成は頭上を見上げる。
「……道理で」
朝から酷く冷え込んでいたわけだ。
秋が終わり初めて降る雪に、三成は形の良い眉をひそめた。元々、都の冬は寒さが厳しいが、雪など目にしてしまっては余計に酷く感じると言うもの。
彼は細い肩を震わせ、屋敷へと戻る足を速めた。
* * *
屋敷に戻ると、そこはまるで別世界だった。
じんわりと、体中に染み入ってくる柔らかな熱。
冷え切った手足を温める、ひりひりとした痛みすらも心地良い。
しかし。
「殿」
ほっと一息つく間もなく、声をかけてきたのは石田家家老、島左近。
「あんまり遅いんで心配しましたよ」
「すまん。つい、話し込んでしまってな。おかげで、すっかり降られてしまった」
口ではそう言うものの、表情は穏やかで、心なしか楽しそうでもあった。
「全く。ちゃんと乾かさないと駄目ですよ。殿はすぐに腹を壊すんですから」
「……俺を子供扱いするな」
外の冷気のせいなのか。
それとも左近の言葉が癇に障ったのか。
白い顔をわずかに紅潮させて、声を荒げそうになる……と。
「――でも」
ぽつりと、奥から耳触りのいい声が聞こえて来た。
「わたしも、左近殿の言い分に同感だよ。佐吉」
聞き覚えのある声に、佐吉、と呼ばれて。
三成は目を見開いた。
まさか。
「紀之介?」
目線を上げると、三成の旧友であり、親友でもある大谷吉継の姿が、そこにあった。
いつもと変わらぬ、穏やかな笑顔を浮かべて。
「ちょっと、急な用事でね。文を送っても、わたしが辿り着くのと大して変わらないだろうから」
奥の間に通された吉継は、いつもと変わらぬ調子で話し、薄茶を口に含んだ。
彼が敦賀の領主になってからは、会う機会はめっきり減ってしまった。それ故か、病魔に侵された彼の体が、会う度に酷く悪化しているように見えてしまう。
今も、整った顔の半分は覆面で覆われ、体にも指の先まで包帯が巻かれていた。
「だから、直接来たと」
「そうだよ」
多忙すぎる友人に対して少しも悪びれた様子もなく、吉継は小さく頷き、笑みを浮かべる。
「居なければ、それはそれで仕方がないと思っていたけれど」
居れば、無理にでも時間を割いてくれるだろうから――。
言外に含まれた言葉を察して、三成は頭を掻いた。
紀之介には敵わぬ、と心の中で呟きながら。
「……本格的に降ってきたね」
わずかに障子を開け、窓の隙間から外を眺める吉継。
「紀之介には、この程度の雪など珍しくもないだろう? 春日山の兼続が、あのあたり一帯は酷い雪と寒さで、冬になると身動きが取れないと言っていた」
「うん。たしかに雪は深いけれど……それでも春日山のあたりに比べれば、まだ多少は穏やかだから」
吉継は目を落とし、小さく呟いた。
「……少し、刺すような寒さが傷に凍みるけれど、それでもわたしは好きだよ」
雪はすべてを綺麗に隠してくれる。
醜いものも。
……すべてを。
「俺は嫌いだ」
きっぱりと言い放つ三成に、吉継は目を丸くした。
「物資の流通が滞る。人も動かなくなる。足元もぬかるむ。そして何より……寒い」
馬鹿正直すぎる言葉に、吉継は思わず噴き出した。
「……何がおかしい」
「いや、佐吉らしいなと思ってね」
なぜ笑われたのか理解できない三成が、ふん、と鼻を鳴らす。
窓の隙間から外を眺めると、白いものが積もり始めているのが見えた。
陽は厚い雲に覆われているものの、雪灯りが仄かに照らし。
雪が音を消しているのか、あたりはとても静かだった。
「……だが」
ぽつりと、静寂をかき消すかのように、三成が言う。
「雪の日の澄んだ空気と静けさは……嫌いではない」
かすかに、口元に笑みを浮かべて。
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Contents
▽新 △古 ★新着
- TOP(1)
- [人物]石田兄弟(1)
- [人物]石田家家臣(1)
- [人物]豊臣恩顧1(1)
- [人物]豊臣恩顧2(1)
- [人物]宇喜多家(1)
- [読切]星に願いを(佐和山)(1)
- [読切]続:星に願いを(子飼い)(1)
- [連作]説明(1)
- [徒然]呟き1(1)
- [連作]ハジマリの場所(1)
- [連作]雨降って(1)
- [読切]夏の日に(佐和山)(1)
- [徒然]呟き2(1)
- [連作]元服(1)
- [読切]ヤマアラシ(佐和山)(1)
- [読切]兄の思惑(石田兄弟)(1)
- [連作]戦場に咲く花(1)
- [読切]秋の夜長の(子飼い)(1)
- [連作]毒蛇の若子(1)
- [連作]その先に見えるもの(1)
- [読切]風に消えて…(佐和山)(1)
- [読切]死ニ至ル病(子飼い)(1)
- [読切]最後の願い(佐和山)(1)
- [読切]ねねの戦い(子飼い)(1)
- [連作]業(カルマ)(1)
- [連作]悔恨(1)
- [読切]あの日から…(前)(佐和山)(1)
- [読切]あの日から…(中)(佐和山)(1)
- [読切]あの日から…(後)(佐和山)(1)
- [連作]太陽が沈んだ日(1)
- [読切]めめんともり(子飼い)(1)
- [連作]襲撃事件(1)
- [連作]椿(1)
- [読切]雪の降る街(子飼い)(1)
- [連作]祈りにも似た(1)
- [連作]誓い(1)
- [徒然]呟き3(1)
- [連作]佐和山・落城(1)
- [連作]イロトリドリノセカイ(1)
- [連作]ひだまりの中で★(1)
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