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めめんともり。
めめんともり。
耳に慣れない、呪文のようなその言葉――。
「なあ、さっちん」
いつもの、軽く砕けた調子で話しかけて来る。
振り返らずともわかる。
「何の用だ? 行長」
この忙しい時に、と、言外に含めて、石田三成は足も止めずに言葉を返した。
「少しっくらい足止めてくれてもええやーん」
ひょい、と前に回り込み、強引に足を止めさせる。
その能天気そうな顔を見て、三成は息を吐いた。深く。
眉間のしわが、一層深く刻まれる。
「ほら、それ。それがあかんて」
すかさず、そのしわに指を押し当て、ぐりぐり、ぐりぐり、と強引にほぐす行長。
「そうやってすぐに険しい顔しはる」
「止めんか、鬱陶しい」
口ではそう言うものの、手を払いのけたり体を押しのける事はしなかった。
「ほんま、難儀なお人やね。ここ、しっかり固うなっとるやないの。いっつもいっぱいいっぱいで働き詰めなんやし、たまには一息ついた方がええんちゃう?」
「……行長。どうやら貴様は、『余計な御世話』という言葉を知らぬらしい」
「いややなぁ。このくらい強引やないと商人は務まらへんよ」
何を言っても無駄、と察したのか、三成は頬をふくらませてそっぽを向いた。
その様の何が気に入ったのか、かわえぇなぁ、と世迷言を口にしながら、がしがしと頭を撫でる行長に、三成は閉口するすしか術はなかった。確か、出会ったばかりのころは、他の者たちと同じように自分を嫌っていたはずだが。一体なにが原因で、こんな事になってしまったのだろうか。
しかし不思議なもので、悪い気はしない。
「あは、さっちんが笑ろた」
微かに綻んだ顔を目ざとく見つけ、行長。
「なっ……!」
「いつもそんな顔してればええのに。そしたら、敵だって半分は減るんちゃう?」
「そうだな。俺に向ける愛想の半分も、虎に向けてやれば無駄な争いが減るのと同じようにな」
「げぇ。出来んわ、そないなこと」
「俺も同じだ。出来ぬものは出来ぬ」
決して相容れられぬ宿敵の名を引き合いに出されては、さすがの行長も黙るほかないようだった。
「……まぁ、あれや。さっちん」
「なんだ」
「んと……『めめんともり』って知ってはる?」
耳に馴染まない珍妙な言葉を耳にし、三成は怪訝そうな顔をした。
「……なんだそれは。吉利支丹のまじないか?」
「ま、似たようなもんや。教えというか生死観みたいなもんなんやけど。さすが、察しがええわぁ」
「御託はいい。それが何だと言うのだ?」
「一言で言えば『死を忘れるな』。……生きもんってのは、生まれた時から死ぬ事が決まってるやろ。そっからは誰かて逃げられへん。農民も商人も武家もない。帝だっておんなじや。ただ、死ぬ為に生まれて、それに向こうて生きるだけ」
「お前にしては、ずいぶんと悲観的な事を言うではないか」
「その反対や。……なあ、さっちん。どうせいつか死ぬなら、死ぬ時に後悔したくないやろ? ただ、無駄に生きてるだけの人生より、何かの為に生きて、死にたいと思わへん?」
「何を言うかと思えば……」
ふう、と息を吐き、三成は言った。
「今の俺が、ただ働かされるだけで無駄に生きているとでも思ったのか? 心外だな。俺は俺なりに、この仕事も立場も楽しんでいる。武家とは言え、石田家は土豪も同然。そこの出で、跡継ぎですらない俺など、本来であれば寺小姓のまま終わっていた。それがどうだ? 秀吉様に目をかけて頂いたお陰で、こんなにも政治の中枢に近い所で仕事をさせてもらえる。目が回るほどに忙しい事もあるが、俺には、それすらも楽しくて仕方がないのだよ」
まるで子供のように目を輝かせ、嬉々として語る姿に、行長は苦笑するしかなかった。
「ほんま、かわええわ」
「煩い、黙れ、やかましい。第一、いい年をした男に使う言葉ではないだろう」
「ま、さっちんが無理して働いてるんやないなら、それでええわ。ほなな」
一体、何をしに来たと言うのか。
立ち去る行長の背中を見送る三成に、疲れが襲ったのは気のせいではあるまい。
――何かの為に死ぬ、か。
「下らぬ」
何をするにも、命があってのものだろうに。
めめんともり。
めめんともり。
耳に慣れない、呪文のようなその言葉の意味を知るのは――。
ふっと、三成は目を覚ました。
懐かしい夢を見ていた。
慶長5年、9月。
関ヶ原の戦いに敗れ、逃げ落ちてから幾日が過ぎただろうか。
疲労と腹痛、飢えや冷えで体は言う事を聞かず、既に憔悴しきっている。たとえ徳川方に見つからなかったとしても、このままでは死ぬだけだろう。
――めめんともり、か。
微かに唇を動かすが、声は掠れて出て来ない。
彼は再び目を閉じ、深く息を吐いた。
どうせいつかは死ぬのなら、それから逃げられないのなら。
死ぬ時に後悔しないように。
ただ、無駄に生きてるだけの人生より。
何かの為に生きて。
何かの為に、死ねるように――。
あの時は、下らぬと笑ったが。
成程。
今なら、この言葉の意味が分かるような気がする。
うっすらと目を開けた三成の口元は、どこか満足げに綻んでいるように見えた。
----------------------------
メメント・モリ(Memento mori)
ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」という意味の警句
日本語では「死を思え」「死を忘れるな」などと訳される
そのために教会の地下に墓地を作ったりもしたそうな。
めめんともり。
耳に慣れない、呪文のようなその言葉――。
「なあ、さっちん」
いつもの、軽く砕けた調子で話しかけて来る。
振り返らずともわかる。
「何の用だ? 行長」
この忙しい時に、と、言外に含めて、石田三成は足も止めずに言葉を返した。
「少しっくらい足止めてくれてもええやーん」
ひょい、と前に回り込み、強引に足を止めさせる。
その能天気そうな顔を見て、三成は息を吐いた。深く。
眉間のしわが、一層深く刻まれる。
「ほら、それ。それがあかんて」
すかさず、そのしわに指を押し当て、ぐりぐり、ぐりぐり、と強引にほぐす行長。
「そうやってすぐに険しい顔しはる」
「止めんか、鬱陶しい」
口ではそう言うものの、手を払いのけたり体を押しのける事はしなかった。
「ほんま、難儀なお人やね。ここ、しっかり固うなっとるやないの。いっつもいっぱいいっぱいで働き詰めなんやし、たまには一息ついた方がええんちゃう?」
「……行長。どうやら貴様は、『余計な御世話』という言葉を知らぬらしい」
「いややなぁ。このくらい強引やないと商人は務まらへんよ」
何を言っても無駄、と察したのか、三成は頬をふくらませてそっぽを向いた。
その様の何が気に入ったのか、かわえぇなぁ、と世迷言を口にしながら、がしがしと頭を撫でる行長に、三成は閉口するすしか術はなかった。確か、出会ったばかりのころは、他の者たちと同じように自分を嫌っていたはずだが。一体なにが原因で、こんな事になってしまったのだろうか。
しかし不思議なもので、悪い気はしない。
「あは、さっちんが笑ろた」
微かに綻んだ顔を目ざとく見つけ、行長。
「なっ……!」
「いつもそんな顔してればええのに。そしたら、敵だって半分は減るんちゃう?」
「そうだな。俺に向ける愛想の半分も、虎に向けてやれば無駄な争いが減るのと同じようにな」
「げぇ。出来んわ、そないなこと」
「俺も同じだ。出来ぬものは出来ぬ」
決して相容れられぬ宿敵の名を引き合いに出されては、さすがの行長も黙るほかないようだった。
「……まぁ、あれや。さっちん」
「なんだ」
「んと……『めめんともり』って知ってはる?」
耳に馴染まない珍妙な言葉を耳にし、三成は怪訝そうな顔をした。
「……なんだそれは。吉利支丹のまじないか?」
「ま、似たようなもんや。教えというか生死観みたいなもんなんやけど。さすが、察しがええわぁ」
「御託はいい。それが何だと言うのだ?」
「一言で言えば『死を忘れるな』。……生きもんってのは、生まれた時から死ぬ事が決まってるやろ。そっからは誰かて逃げられへん。農民も商人も武家もない。帝だっておんなじや。ただ、死ぬ為に生まれて、それに向こうて生きるだけ」
「お前にしては、ずいぶんと悲観的な事を言うではないか」
「その反対や。……なあ、さっちん。どうせいつか死ぬなら、死ぬ時に後悔したくないやろ? ただ、無駄に生きてるだけの人生より、何かの為に生きて、死にたいと思わへん?」
「何を言うかと思えば……」
ふう、と息を吐き、三成は言った。
「今の俺が、ただ働かされるだけで無駄に生きているとでも思ったのか? 心外だな。俺は俺なりに、この仕事も立場も楽しんでいる。武家とは言え、石田家は土豪も同然。そこの出で、跡継ぎですらない俺など、本来であれば寺小姓のまま終わっていた。それがどうだ? 秀吉様に目をかけて頂いたお陰で、こんなにも政治の中枢に近い所で仕事をさせてもらえる。目が回るほどに忙しい事もあるが、俺には、それすらも楽しくて仕方がないのだよ」
まるで子供のように目を輝かせ、嬉々として語る姿に、行長は苦笑するしかなかった。
「ほんま、かわええわ」
「煩い、黙れ、やかましい。第一、いい年をした男に使う言葉ではないだろう」
「ま、さっちんが無理して働いてるんやないなら、それでええわ。ほなな」
一体、何をしに来たと言うのか。
立ち去る行長の背中を見送る三成に、疲れが襲ったのは気のせいではあるまい。
――何かの為に死ぬ、か。
「下らぬ」
何をするにも、命があってのものだろうに。
めめんともり。
めめんともり。
耳に慣れない、呪文のようなその言葉の意味を知るのは――。
ふっと、三成は目を覚ました。
懐かしい夢を見ていた。
慶長5年、9月。
関ヶ原の戦いに敗れ、逃げ落ちてから幾日が過ぎただろうか。
疲労と腹痛、飢えや冷えで体は言う事を聞かず、既に憔悴しきっている。たとえ徳川方に見つからなかったとしても、このままでは死ぬだけだろう。
――めめんともり、か。
微かに唇を動かすが、声は掠れて出て来ない。
彼は再び目を閉じ、深く息を吐いた。
どうせいつかは死ぬのなら、それから逃げられないのなら。
死ぬ時に後悔しないように。
ただ、無駄に生きてるだけの人生より。
何かの為に生きて。
何かの為に、死ねるように――。
あの時は、下らぬと笑ったが。
成程。
今なら、この言葉の意味が分かるような気がする。
うっすらと目を開けた三成の口元は、どこか満足げに綻んでいるように見えた。
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メメント・モリ(Memento mori)
ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」という意味の警句
日本語では「死を思え」「死を忘れるな」などと訳される
そのために教会の地下に墓地を作ったりもしたそうな。
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